3:4 「竜のいざない」
「ゲホ!ゲホ! がはっ! 口に砂が……」
壁につかまり、かろうじて吹き飛ばされることは免れたものの、耳には表でパニックに陥っている野次馬たちの声が響き、口の中はじゃりじゃりするし前は見えないしで一体どうなっているのかが全く分からない。
ギルドに直撃したわけではないものの……中の人たちは無事なのだろうか?
「!! そうだ、母さん大丈夫!?」
「ごほ エルちゃん? どこぉ?」
「母さん! そっちか」
声が聞こえた方へ手を伸ばすと、砂煙越しに温かな感触を感じ取る。その感触を逃すまいと大きく手を開いて掴みにかかると、相手側も同じように俺の手を掴み、互いを引き寄せ合う。
直後、握った手から魔法でも起こしたのか、周辺の煙を優しい風が払い相手の……母さんの顔があらわになった。
「エルちゃん大丈夫!? ケガしてない!?」
「俺は大丈夫、母さんも平気そうで……」
「ホントにへーき!? 背中に何かささってたりしない!? 大丈夫よね!?」
「だ、大丈夫だって……ちょ、くすぐったい! どこ触って――ひゃあっ!?」
「あら……今のかわいい……♡」
「いや、それどころじゃないだろ!!!」
こんな親子でじゃれ合ってる場合じゃない!
他の人たちは!?
親父たちは無事なのか!?
徐々に視界を覆っていた砂埃が去っていき、俺はギルドの外壁に手をあてる。
追うように母さんもギルドの中を……そして突っ込んできた生物がどうなったのかを見ようと共に顔をあげると――。
「なんだ、あれ……緑の……バリアか?」
ギルドの建物は正面左半分が半壊状態になっており、むき出しになった内部からは何やら緑色をした半透明の半球体が顔をのぞかせている。
俺はあらためて窓の中をつま先立ちになってのぞき見て見ると、冒険者たちの隙間からこれを発動しているらしき右手を前に構えた老人――レガルドの姿が見えた。
「一応ギルドの中にいる人は無事……なのかな?」
「エルちゃん! あれ見てあれ!!」
母さんが慌てるようにして指さした先。
崩壊した武具屋跡にたたずむ巨大な影がゆっくり、ゆっくりと起き上がっていく……。
丸みを帯びつつも力強い重さを感じさせる胴体にコウモリの羽の様な形をした大きな翼。そして長い首の上、正面は逆三角形になっている顔からのびる太く堅そうな二本の角。
見間違えようもない。まさにドラゴンと言って違わぬ存在が、じっとギルドの方を睨みつけた。
「レガルドさん、こいつは!」
「うむ……フォニルガルドラグーン……よもやそちらから仕掛けてこようとは」
「じゃ、じゃあ……こいつが、討伐の……」
「大きなどらごんさん……」
冒険者たちににらみを利かせるドラゴンは、そのままバリアを張り続けるレガルドの断固とした表情を目にした後、ちらりと陰に隠れている俺たちの方を見た気がした。
しかしそのすぐ後、ドラゴンは追撃を仕掛けてくることもなく天を仰ぎ、背中の大きな翼を広げる。
「レガルドの旦那、あいつ逃げる気だぜ! バリアを解いてくれ! ここは俺らが一発お見舞いしてやるぜ!!」
それを見た前列で身を構える荒くれた冒険者が、ずかずかとレガルドのうすぐ後ろまでやってきて声をあげた。
「ダメだ、焦るでない」
「なんでだ!! 逃げちまうぞ!!!」
「焦るなと言っている。お主の軽率な行動で、一般の死者を増やすつもりか」
「っ……」
荒くれの「す、すまねぇ」という声と時を同じくして、翼を広げたドラゴンが再び砂煙を大きく巻き上げながら空へと飛び立っていく。
レガルドはドラゴンの飛んでいく方向を目で追ってからバリアを解くと、冒険者たちの方を振り返って口を開いた。
「作戦変更だ! これより我々は彼のドラゴンが向かった先――王都北東に位置するコロセウムへ移動を開始する!!」
「コロセウム!?」
「どうしてまた……けが人の手当ては!?」
「本当にコロセウムに向かったのか!?」
「お、『俺の店』が……!!!!」
「静粛に! ……ヤツはわたしの目を見た。そして頭に直接語りかけ、コロセウムにて待つと言っていた。その真意が何を意味するのかはわからぬが、ヤツは確かにコロセウムめがけて飛んで行った! けが人の救助はわたしの部下――ギルドのスタッフたちが全力を賭けて請け負う。諸君は目の前の敵のことだけを考えるのだ!!! よいな!?」
レガルドが言葉を終えた直後、ギルドのスタッフらしき十名ほどの人間が救急箱を手に駆けていく。
その徹底された姿を目にした冒険者たちは各々決意を固めるかのように顔を合わせ、先ほどの――レガルドの叫びに打ち消された時以上の大きな雄たけびを上げ、その場の士気を新たにした。
「幸い、集まっていた野次馬は先のパニックでみな安全な場所へ散っていった! 恐らく近隣住民以外はドラゴンが来たことにすら気が付いておらんだろう。諸君はことが荒立つ前に早急に、第一部隊は正面大通りを抜けコロセウム西口へ、第二部隊は大通りを一度南から周り込みコロセウム東口へ、第三部隊はわたしに続いて南口へと移動を開始してもらう!! 先にたどり着いた部隊には陽動を任せることとなるだろう、くれぐれも全部隊が出そろうまで深追いはせんように!! ―――では頼んだぞ。解散!!!」
レガルドが指示を出した後、冒険者たちはそれぞれ己のルート通りに……第一部隊は大通りの正面、瓦礫を超えて西側へ、第二部隊は第一部隊とは反対の南側へ、第三部隊は二部隊が行ったところを確認してから移動を開始する。
半壊したギルドの壁からバレない程度に顔を出した俺は、出発する前に彼らの中から親父たちを探そうと目を光らせる。
懐中時計を見ればもう少しわかりやすくなっているかもしれないが、恐らく人ごみの中ではそこまで役に立たないだろうと目視で頑張る方を選んだ。
しかし……。
「エルちゃん、どう? お父さんは……」
「……いない」
「え?」
既に第一部隊と第二部隊はコロセウムへと向かって立ち、残る第三部隊の中にそれらしき人影は見当たらない。
位置的に視界もそこまでよくはないため見落としている可能性も十分にあったが、少なくとも俺が観た限りでは親父の姿……一緒に居るはずのファルたちすらも見受けられなかった。
「どういうこと?あの中にいたんじゃ……」
「だよ、ね……とりあえず、俺たちもコロセウムへ――」
―――とんとん。
「っ!!」
コロセウムの場所を確認しようと地図を開いた瞬間、何者かに肩を叩かれたような感触も見舞われる。
もしやバレたのかと重い咄嗟に地図を隠しながら振り返る……が、そこにはここにいるはずのない二人の姿があった。
「よかった……ご無事で何よりです、お二人とも」
「え!? ファル……それに、ミァさんも!」
「あら! どうしてここに?」
「コロセウムに行ったんじゃ……」
どの隊にも見受けられなかったのは、本当にその中にいなかったから……?
でもなんで?
「話すより、まずは見ていただいた方が早いでしょう」
「お嬢様、例の時計はおもちでしょうか」
「え……あ、うん」
言われるがままにポーチから懐中時計を取り出し、そこに映し出される親父の視点を四人でのぞき込む。
先の言う通りに事が進んでいるのならば、ここにはコロセウムに向かって市街を行く映像が映し出されるはずなのだが……。
「……は?」
「やはりですか……」
「全くあの人は……」
頭が一瞬理解するのを拒んでいた。
理解しようとしても、これが親父の視点だということを俺の頭は断固として拒否してしまう。
そこに映る背景は下半分は赤や黒、はたまた青色やだいだい色とカラフルなものが過ぎ去っていき、上半分は綺麗な青い空が埋めている。
そして遥かその先に見える……大きな円柱状をした建物。
親父はまっすぐコロセウムに向かってひたすらに……聳え立つ屋根の上を駆け抜けて行っているようだった。
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