2:27「親父を恨むことなかれ」
「きょー君に」
「関すること……?」」
「うむ。一応話しておこうと思うてな、わしとあやつの関係を」
場の空気が変わった。
シリアスムードというほどではないが、俺も母さんも向かいに腰掛けるエィネに真剣に向かい合う。
「あやつのことじゃ。おんしらは何も聞かされておらんのじゃろう……そうじゃな、今から20年くらい前じゃったかの―――」
わしは長という重役もあり、他の者よりも人一倍里に籠もりがちじゃった。
里の為、種を守るため、何より争いごとを起こさぬことを第一に考え、常に里を見守っておきたかったからじゃ。当時はうちの里も、よそ者には大分厳しくしておったのう。
数十年に一度、各里の長が集まる会合の時以外は一歩も外へ出たことはなかったわしじゃが、ある日を境にどうしようもなく森の外へ出たいと思うようになった。今でもなぜあのような気になったのかは分からんがの……不安もあったが、どうしようもなくての。騒ぎにならぬよう一部の者にだけそのことを伝え、密かに外へと赴いたんじゃ。
しかし如何せん数百年も外の世界を見ていなければ何もかもに疎くなる。
文明の変化、種族関係の変化、生態系の変化……どれもこれもが新鮮そのもの。閉鎖しがちだったわしの心は、それだけでも十分に満たされた。
わしはそんな外の風景に心打たれながら、折角だからいってきてはくれないかと頼まれたお遣いをぎこちなくこなしていった。はたから見たら完全に子供の初めてのお遣いだったじゃろうな。今流通しておる通貨の価値を知らんかったわしはそれはそれは滑稽なものじゃった。
それが災いしてかの……警戒を怠ったわしは、お遣いを済ませた直後に人さらいに会ってしもうた。それも人身売買を生業とする類の者共にの。
エルフは奴隷的価値が高い。いくらで売ってやろうか。その前にやることやっちまおうか。
そんなおぞましい会話が聞こえてきたのを覚えておる。
それからどのくらいじゃったかの……薄暗い倉庫の中、己の愚かさを呪っておったところをキョウスケたちが助けてくれたんじゃよ。
わしは彼ら三人を里へ招き入れ、何か礼がしたいと申し出た。
「それであやつ、何を言うたと思う?」
「えっ……うーん?」
「そうねえ……きょー君がしそうなことねえ……お友達になってくださいとか!」
「いやないだろ! なんだよそれ!」
「流石じゃな、その通りじゃった」
「その通りなの!?」
「わたしのときもそうだったからねえ~♪」
「……初耳なんだけど」
流石に困惑したがの……三回ほど聞きなおしてようやく理解したわしは、せめて歓迎させてくれと宴を開き、それ以降……英雄と呼ばれるようになった後も、時折交流を重ねておる。
おんしらの育成を引き受けたのも、あの時の恩返しという一面もあるのじゃよ。
「へー……」
「いい話ねぇ」
正直、ものすごい真剣な顔で話したいことがとか言い出すから、もっと暗い話かと思っていた。
エィネの体験自体は大分大変なことだったのだろうとは思うけれど……これだけだとアルトガさんを先に行かせた意味がよくわからない。
俺がそんな疑問の表情を浮かべていると、それにこたえるかのようにエィネが話を続けた。
「それでじゃ、わしから一つおんしらに頼みたいことがあつる」
「……頼みたいこと?」
「なぁに?」
エィネが再び空を仰ぎ、何かもう戻らない、懐かしいものでも思い出しているような……そんな哀愁の漂う表情を見せる。
考えすぎかもしれないが、何か今話したことよりももっと大事な……言えないような何かを隠しているような、そんな気がした。
「あやつを……キョウスケのやつを、恨まんでほしい」
「え……?」
「それがえいちゃんが伝えたかったこと?」
「うむ。今のおんしらには別の意味に聞こえるかもしれん……先ほども言うたが、キョウスケのやつはおんしらに何一つ教えてはいないのじゃろう。しかし今のあやつと共に生きる……その上で絶対に逃れられん物語を、おんしらは必ず知る機会がやって来る。それは辛く悲しい物語じゃ。そして同時に、キョウスケ・オミワラという男が英雄になる物語でもある。わしから多くは語れんがの……その時がきた暁には、おんしらには温かくいて欲しいのじゃ」
「…………」
俺は母さんと顔を合わせ、エィネに向かって小さく頷いた。
「感謝するわい」
正直なところ、恨まないでくれと言われても、今のところ恨むような事しかされていない。
親父の過去にどんなことがあったのかなんて聞かされても、それでその気が失せるかどうかと言われれば怪しいものだと思う。
それを追体験でもさせられれば、また話は変わってくるのかもしれないが……。
しかしそんな俺たちの事情を知っているからこそ、エィネはこうして伝えてきたのだろう。
どんなことがあっても、知っても、恩人をその家族が恨むことなかれと。
それはとても悲しいことだから……恐らく親父のすぐ側にいてやれるのは、家族である俺たちだけだからと。
それから少しだけ、俺たちは沈黙の時を過ごした。
他にも思うことは山のようにあるが、今はそれよりも大事なことがある。
大討伐隊結成まで残り一週間ちょっと。
これも親父の頑張り次第ではあるが、目の前に来ている大きな壁に立ち向かっていく心の準備と覚悟を決めなければならない。
「大丈夫」
「!」
母さんが俺の肩をもち、優しくそう囁いた。
「……うん」
俺はそのまま母さんの肩に身を寄せて、小さくその返事を返す。
何もかもお見通し。
そう言わんばかりの温もりを感じ、やっぱりこの人には敵わないなと思わせられる。
人を安心させる底抜けのやさしさを、俺は持ち合わせていないから。
(だからこそ俺は母さんを……)
……と、決意を新たにしようとしたところで、エィネが勢い良く立ち上がった。
「さ、しんみりしとるとこじゃがそう待たせるわけにもいかん! そろそろ整理もついたころじゃろ。里に帰るぞい」
「うん、そだね」
「パーティたのしみねぇ~♪」
こうして俺たちは魔法使いへの最後の仕上げを終え、ルーイエの里へ戻っていった。
* * * * * * * * * *
帰った時には既に宴のことは里中に広まっていて、着々と広場では準備が進んでいた。
俺と母さんも準備を手伝おうとしたのだが主役は黙って食ってろと、結局終始何も手伝うことは出来なかった。
「小僧」
「ん?」
宴が始まると同時に、エィネが俺の元へそっと寄ってきた。
「どうだったかの。この三週間は」
「え? どうだったかって……」
思いもよらぬ質問を受けて、少し頭を困惑させる。
正直言って結構大変なことばかりだった。
里に来るまでも長かったし、来てからも中々うまくいかないこともあったり、大事件に巻き込まれたり……そう思って振り返ってみると散々だった。
最後だって結局のところは負けちゃったし、今は考えないようにしてるけど……あの約束もこれからだ。
どうだったかと言われれば、最悪でしたと言っても過言ではないと思う。
でも……。
「楽しかったよ」
なんだかんだで乗り越えて、ある種の達成感が確かに俺の中に芽生えていた。
もちろんやりきれなったことだってあるし、後悔が全くなかったわけじゃない。
それでも俺は、この世界に転生して、色々なことを体験して……「この世界に生まれてきて良かった」と、確かにそう思えたから。だから胸を張って、ここでの生活はよかったよと、楽しかったと……そう言いきれた。
「そうか」
「―――――ぁ」
エィネが初めて心からの笑顔を見せた。
太陽の様な天使の様な、そんな優しくて破壊力のある笑顔を見せつけられて、思わず声が漏れてしまった。
「ん? どうかしたか」
「い! いやなんでも!!」
「そうか? ではの、邪魔して悪かった。最後の宴、楽しんでくるんじゃぞ」
「―――うん」
心なしか元気な……活き活きとした小さな背中を見送ってから、俺も宴の中へと足を運んでいった。
滞在するのも残すところあと三日。
大討伐隊結成まで―――あと九日。
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