2:26「ハンバーグが食べたいです」
互いに一つずつ手渡された、小さな水晶玉の奪い合い。
しかしどうだ、いざ手を伸ばしてみれば得たものは左手に流れる電流のような痛みだけ。
まさか奪うどころか触ることすら叶わないとは一体だれが思うだろう?
「何が『簡単じゃろ』だよ……!」
まさかスタートラインにすら立たせてもらえないとは思わなかったよ!
この場合、大方考えられる事は一つだけ……『触れる条件を満たしていない』ということだ。
しかしエィネはそんなこと一言も言っていなかった。
ただこの水晶玉を奪い合えと、それだけしか言っていなかったはずだ。
(思い出せ、あの時他に何か言っていなかったか……?)
あの時……俺たちがこの場所へ連れてこられ、今に至るまでの間に。
『水晶玉……』
『一対一……』
『合戦……』
『傷つけ合わなくてもいい……?』
なぜ?
水晶玉を奪い合うだけなら確かに相手を傷つける必要はない。
でもそれだけじゃないんじゃないか?
何か、ほかに傷つける必要がない理由があるんじゃないか?
そもそもこの戦い、何のために……?
(『最後の仕上げ』……?)
「―――!!」
そういうことか!
最後の仕上げ……それがこの水晶玉に触れるようになるためのキーだ!
この戦いの中で何かを学び取れと、要はそういうことなんだろう。
「それで『他の目的』ってワケかい……」
母さんも同じ結論にたどり着いたのか、自身の杖でバリアを張っている水晶玉を見て唾をのむ。
そして何かを悟ったかのように目を瞑ると、しりもちをついたままの俺にそっと微笑みかけ、手を差し伸べた。
「……母さん?」
(何のつもりだ?)
「だいじょーぶ。ほらほら、お尻汚れちゃうでしょ?」
「あ、うん」
母さんの言葉に反射的に喉と身体が動き、差し伸べてきた手を握る。
何か気が付いたのだろうか?
……だとしたら、ひょっとしてこの行動はまずいんじゃないだろうか?
まあ、そうだとしたらもう手遅れなわけだが。
立ち上がった後、先ほどまでの戦いがまるでなかったかのように向かい合った。
母さんが何かをつかんでいるとしたら怖いので、一応杖にぶら下げている水晶へ常に意識を向けるようにしておく。
「エルちゃん」
「……何?」
「さっきの約束なんだけどね」
「うん」
「お母さんのお願いは言ったけれど、まだエルちゃんのお願い聞いてないじゃない!?」
「……そうだね?」
「教えて!」
「今?」
「今!!」
「えぇー……」
絶対何か知ってるだろ!!
怪しすぎてツッコむ気もおきんわ!!!
しかしまあ、俺だけ言わないのも不公平っちゃ不公平ではあるんだが。
一応走り回ってる間に一つ思い付きはしたんだ……一応。
でも……でもなあ……!。
「は……ハンバーグ」
「ん?」
「ハンバーグ……食べたい」
「はうっ」
「……はう?」
「―――か、可愛い……っ!!♡♡」
「――――――ッッッッ!!!」
ああああああああ!!!!
そうだよこうなるの分かってっから言いたくなかったんだよ!!
もう恥ずかしいったらありゃしない!
なんだよ上目遣いで恥ずかしがりながら「ハンバーグ食べたい」って!!!
でも仕方ないじゃん!?
これしか思い浮かばなかったんだもん!
母さん今俺より背高いんだもん!!
目を合わせられない。
考えれば考えるほど顔が熱くなって、仕上げとやらの正体を暴くどころではなくなってしまう。
申し訳程度に杖を持つ右側へ顔をそらしてはいるが、まずは心を落ち着かせないと先のことを考えるどころじゃ……。
「…………あ?」
あれ?
「え?」
あれあれあれ?
「母さん、それ……」
「♪」
あれあれあれあれあれあれアレェ!?
「安心して、ハンバーグは作ってあげるから♪」
「……いつの、まに……」
確かに先ほどよりは気が散っていたかもしれないが、杖にはずっと注意していたはず……なのに。
本当にいつの間にか、俺の杖から水晶玉が姿を消していた。
その代わりに母さんの……その錫杖のわっかの部分へ二つの水晶玉がぶら下がっている。
正直自分の発言と母さんの言葉だけで頭が追いついてないのだが……つまりこれは。
「負け……た……?」
「お屋敷に帰ったら楽しみにしてるわねぇ、エルちゃんとミー君のツーショット♡」
「ひっ……!?」
瞬時にメイド服を手に迫り寄ってくる母さんの姿を想像してしまい、鳥肌が立つ自分の体を抱きしめる。
嫌だ……助けて!!!
そんな思いで遠くにいるエィネとアルトガの方へ顔を向けた。
遠目なのでよくは見えないが、アルトガは顔を伏せて……エィネはやけに胸を張っている。しかしそれだけで十分に分かった……助け船など無いことが。
「ぁ……はは、は…………死にたい」
あっけない。あっけなさすぎる。
……一体何がどうしてこうなったなのか、あまりにも腑に落ちない。
今すぐにでもこの場から消えてなくなりたい衝動に駆られる中、先ほどまで遺跡の入口で待機していたエィネたちがこちらへと向かってくる。
「全く情けないのう。そんなにメイド服が嫌か」
「元気出して―エルちゃん、悪いようにはしないから!」
「……そういう問題じゃないよ?」
「ほれほれ! まだ男だと言い張るんなら、うじうじしとらんでシャキッとせんか!」
「はい……」
「ん……男?」
アルトガがその単語に疑問符をつけるが、そんなことはお構いなしにエィネが一歩前へ出て話をつづける。
「ま、わしとてこんな終わり方になるとは思っとらんかったがの。小娘は即座に理解し、ものにした。小僧も気づきはしたんじゃろ? それなら及第点じゃ。ネタばらしといこうじゃないかの」
「お……お願いします」
「えいちゃんやっさしーい」
「……わしが言わんかったらおんしが言うクセに。まあいいわい、まずはこの合戦の目的じゃ」
母さんの言葉にやや苦笑いで返事を送ると、エィネはこほんと咳ばらいをはさむ。
そして母さんの杖にぶら下がる水晶玉へ手をかざすと繋がれたひもが杖をすり抜け、二つの水上玉はエィネの手へと収まった。
「この水晶玉は魔力に呼応し赤く光る……赤い光とはすなわち警戒信号じゃ。そのような状況で接触を試みても、警戒態勢にある水晶玉へ触れることは叶わん」
「……確かに」
「うむ。この合戦の目的とは、戦いを通してその水晶玉へ触れる術――魔力反応を消す術を身に着けることじゃ。世の中にはこの水晶玉のように魔力探知なる厄介なものがあるでの、これを覚えておかねば命とりになりかねんのじゃよ」
「でもー、それならどうしてウル君に玉を渡されたときは大丈夫だったのー?」
「よい質問じゃ。簡単じゃよ、あらかじめおんしらどちらかを持ち主として設定しておいたのじゃ。実戦演習も兼ねている手前、持ち主が触れることすらかなわんのでは話にならんからの」
エィネが二つの水晶玉を使いながら説明をする。
「感知されるのは大抵が体から漏れ出るわずかなものなんじゃ。この水晶玉も、反応が弱く光こそせんが、このように微量の魔力を感じ取ってバリアを張っておる」
片方は反応を消した状態で。もう片方は魔力をわずかに放出した状態で。
後者の時にエィネの銀髪が若干緑がかって見えたのは気のせいだろうか?
……まあ、今はそんなことはどうでもい。
「それで……目的は分かったけどさ、実際どうやったの?」
「うむ。わしらの魔力……すなわち精霊の力の主たる受容体に蓋をしてしまえばよい。例えばわしならこの髪……銀髪になっておるのは本来の魔力を抑えるためのものなんじゃ。本当はおんしらや里のみなと同じ色をしておる。ちなみに小娘がやってのけたのは小さな微精霊を寄せ集めて膜を作ったんじゃな」
「うんうん!」
なるほど、つまり文字通り物理的に蓋をしたという訳か。
精霊を従えるエルフだからこそできる芸当だ。きっと他にも方法があるのだろうが、確かにそれなら俺でもできる自信がある。
「これは簡単じゃが強力なモノじゃ。少しでも気がそれればそれこそ気配を消すことも可能なほどに、の」
「うっ……」
母さんに水晶玉を獲られた時、本当にそんな気配など微塵も感じなかった。
俺は自分の回答に勝手に動揺して、勝手に気を逸らして……母さんは生まれたその隙を見逃さなかった。
結局は俺が墓穴を掘っただけ。わかってる。わかってる……だから……。
だからそんなジト目でこっちを見ないでください!!!
お願いですから!!!
……ああ、エィネの余計な一言のせいでまた恥ずかしくなってきた……すぐにでもその辺の瓦礫に埋もれてしまいたい。
「ま、そー気負うでないわい。一時の恥くらい我慢するんじゃな。やり方さえ理解すれば簡単なもんじゃ。実戦で覚える方が後々役に立つものじゃから、こうして対峙させただけじゃしの」
「う……うぅぅ……」
「そ、その……オレも似合うと思うぞ……メイド服」
(アルトガさん……それ全くフォローになってないです……)
アルトガが俺の肩を叩きながら、完全に『恥ずかしがっている女の子』を慰めるような、ものすごく余計な気遣いをして見せる。これを見たエィネは顔を逸らし、笑いをこらえているように見えたが……このチビッ子マジで覚えてろよ。
……しかし俺がこのようにして闘志を燃やしたすぐあと。
「――さ! 用は済んだ、帰って祝いの宴でも開こうじゃないか! のうアルトガ」
「おお、いいこと言いますねぇ長様!! オレ、先に行ってみんなに伝えてきます!」
「頼んだぞーい」
エィネは宴の話をちらつかせ、まるで厄介払いをするかのようにアルトガをこの場から離れさせた。
俺と母さんはこれに少し疑問を抱き、顔を合わせる。
何故わざわざアルトガだけを排斥するような真似をしたのか。
何か聞かれてはマズイ話でもするつもりか?
……このタイミングで?
「よし……アルトガには悪いが、これでゆっくり話ができるの。その辺の瓦礫にでも腰掛けるとよい」
「……エィネ?」
「えいちゃん?」
明らかに先程までとは声のトーンが違う。
一体何を言い出すつもりなのか。
俺たちはひとまずエィネの言う通りに腰掛けると、彼女は目を瞑りながら空を仰ぐ。
そしてすぐ後に大きなため息をして見せると、真剣な面持ちで話し始めた。
「メロディア、エルナ。おんしらに話しておきたいことがある。ヤツの……キョウスケに関することじゃ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます