1:12「俺が俺であるために」
「ど……どういうことだよ……!」
檻を壊すことはできないと……母さんは確かに今そう言った。
この状況で、目の前に自分の息子が檻の中に囚われているにも関わらず、助けることを拒否したのだ!
一体どういうつもりだ!?
いつもの母さんだったら絶対にそんなことは言わない。
さっきの言葉も、やたらと冷たく感じた気がした。
(いや……そんなまさか……)
偽物ではない。
さっきそうだと見立てたばかりじゃないか。
しかし……。
「エルちゃん、こっちへいらっしゃい」
「―――っ!」
母さんの真剣な声色に、思わずたじろってしまう。
少し怪しい……が、変に怪しんで不自然な行動をとるのはご法度だ。ここは素直に従っておくべきだろう。
まだ若干言うことを聞かない体で踏ん張り、母さんの手が届く範囲まで近づいていく。
すると、母さんは俺の頬を両手で包み込むようにして、目尻に浮かびかけている涙を親指で優しく拭きとりながら言った。
「いーいエルちゃん、お母さんの言うことをよく聞いて」
「え……う、うん」
母さんの声色がより真剣みを増し、子に言い聞かせる母親のそれに変わった。
あまりにらしくない真剣な目に戸惑いを感じながらも、俺は母さんが言うことに耳を傾ける。
「わたしたちがココに連れてこられたのはね、たぶんだけれどお父さんが何か関係していると思うの」
「……は!? 母さん、それってどういう――」
「ううん、詳しくはわからないわ。……エルちゃんのところに来る前にね、少しだけれど、わたしたちを連れてきた犯人らしい人たちの話し声が聞こえてきたの。オミワラがなんとかって……壁越しに少しだけだったけれど、確かに聞こえたわ」
そこまで言い終えたところで、母さんは俺の頬からてを放し、手枷を風の魔法で破壊する。
そしてそのまま、今度は俺の両手を握りしめながら話をつづけた。
「ゴメンね……本当は出口を見つけてからエルちゃんのところに来たかったのだけれど、まだ見つけられてないから……怖いかもしれないけれど、少しだけここで待っていてほしいの」
「なッ……か、母さんは――!」
「お母さんは出口を見つけてくるわ―――犯人を見つけ出して、こらしめてから」
「………………はァ!!??」
こんなにも自分の耳を疑うのは転生するとき以来だ。
あの温厚な母さんが……犯人をこらしめると言ったのか!?
いつもだったら絶対にそんなことはあり得ない。
ひょっこり犯人の前にでて道を尋ねる……くらいのことをしてのけそうなものなのだが、その母さんが犯人を見つけ出し……しかもこらしめると!?
一体母さんに何があったというのか……まさか本当に偽物だったりしないよな?
「ちょっと待てよ! だったら俺も!!!」
「ダメよ!!!!!」
「ッッッッッ―――――!!!???」
まるで衝撃波でも放たれたかのようだった。
今までで一番、圧の乗った言葉。
疑いようもない――子を心配する親の、精一杯の心の叫びを感じた。
でもそれだけじゃない。
普段はおっとりとマイペースな母さんが、今は顔つきが全然違う……俺には直接その表情をみせてはいないが、その瞳には明らかに怒りの色が見て取れた。
「わたし……許せないの。つーくんに涙を流させた人たちのことが」
「母さん……」
「だから待ってて。お母さんが絶対なんとかするから」
……どうしよう、言えない。
涙の原因は母さんだったなんて……この状況じゃ口が裂けても言えない!!
気持ちはうれしい……うれしいけれど、ものすごく複雑な心境になってしまった。
このまま母さんに任せるか否か……任せておいてもおそらく何とかなる気はする。
しかし本当にそれでいいのだろうか。
実際、ついて行っても今の俺では足手まといにしかならないだろう。
変に気を遣わせて脱出に失敗するまであるかもしれない。
……それでも―――。
「母さん……やっぱり、俺も連れて行ってほしい」
「え、エルちゃん!? ダメよ!!! ケガするかもしれないのよ!? すごーく痛い思いするかもしれないのよ!?」
「うん。わかってる」
「だったら言うことを聞いて!! お母さんイヤなの!! エルちゃんが傷つくところなんて見たくないのよ!!」
「うん……わかってる」
「じゃあ!!!」
「だからこそ、行かせてほしい」
「……エルちゃん……?」
待っている方が安全……そんなことは百も承知だ。
母さんも見す見す俺にケガをさせるようなことは避けたいだろうし、親が子を護ろうとするのは当然のことだろう。
しかしそれではダメなんだ。
足手まといは承知の上で、それでもついて行こうとしているのは半分は俺の意地……それはこの世界でも、俺が『一人の男』でいるためだ。
精神は肉体に引っ張られるという言葉を聞いたことがある。
女の体になってしまった俺がそうあるためには、いつでも心を強く持ち、こんな時こそ立ち上がらなければならない。
これはそう……何よりも『俺が俺であるために』絶対必要なことなんだ。
「足手まといになるのは俺が一番よくわかってる……でも行かなきゃいけないんだ……ここで行かなかったら、もう後戻りできなくなる気がするから」
それに理由のもう半分……犯人には一つ、聞きたいことがある。
本当にこの件に親父が関係してるってんなら、絶対何か知っているはずだ。
どんな些細なことでもいい。貴重な情報源になりうるものを逃してなるものか。
「……でも、本当に危険なのよ? わたしやっぱり――」
「大丈夫。自分の身は自分で守るよ……極力」
「……でも」
「男に二言はない!! OK?」
「…………本当にいいのね?」
「ああ!」
俺は表情筋をできる限り引き締め、勇ましく見せながら返事をする。
実際あのかわいらしく弱弱しい顔がどの程度マシになってるかは分からないが……泣き顔よりはまだマシなはずだ。
そしてそのまま目元辺りを緩めるようにし、さっきから強張った表情の母さんに一言付け加えた。
「母さんも、もっとリラックスして……そんなのらしくないよ」
「!! ……あら、失礼しちゃう! お母さんは心配してあげてるのよー!」
「はははは そうそう、その感じ」
その場に起きた小さな笑いが、凝り固まった空気を少しずつ溶かしていく。
実際の所……本音を言ってしまえば、足を引っ張ることが確定している場へ赴くのはあまり気が乗らない……が、やるしかないのだ。やるしかないのなら覚悟を決めるまで。
俺の手から母さんの手が離れた後、俺は意識を切り替えようと自由になった手で自分の頬を叩いた。
「よし……! じゃあ母さん、檻……お願いできるかな」
「はーいはい。……でもその前に一つだけ、お約束してくれるー?」
「……何?」
「危なくなったらー、ちゃんと逃げてねぇ」
「うん―――わかったよ」
「よろしい♪ ――少しだけ離れててねー」
俺の返事に満面の笑みで母さんが言うと、俺が距離を置いたのを確認して檻を破ってもらった。
そしてバラバラになった檻の破片をまたぐ前に、最期に一度、大きな深呼吸をしてから足を踏み出す。
相手さんは顔も人数もわからない謎だらけの人物だ。
しかしこちとらチート級のお母さんとその息子……さっきは失敗も想定に入れてはいたが、俺がケガを負うか、足を引っ張るかどうかはともかくとして、負ける気は微塵もしない。
「じゃー、行きましょうかー。わたしから離れないでねぇー、エルちゃん♡」
「うん……わかったから、抱き着くのはやめようか……胸で前が見えない」
さあ、行こうじゃないか――『母は強し』ってやつを体現しに!!
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