1:11「とらわれのハーフエルフ」★

「―――ッッ!!!」


 一体何が起こったのか。

 本能的に飛び起きると、目の前は全くの暗闇……今自分が何処にいるのか、ぱっと見では本当に何も解らなかった。

 ただ一つわかるのは、少なくともここが屋敷の自室ではないということ。

 地面のひんやりとした肌触り、そして固さ……洞窟か何かなのか、人工物なのか……手を何かで縛られているような感覚もある。


「囚われの身……てか?」


 どこの誰だかは知らないが、俺の美貌に惑わされた奴がいるらしい。

 全く、女の体というのはやはり不憫でならない。


「……しかし本当に真っ暗だな……地下か? 目隠しはされてないし……一体どうなって――――」


 そういや母さんはどうなった!?

 俺の記憶が正しければ、気を失う直前まで母さんと一緒に居たはずだ。

 今一緒に居るのかすらも分からない……そもそも、あれからどのくらい経った? ここは本当にどこなんだ?

 真っ暗闇の空間で、ただただ考え更ける……そんな時間がしばらく続く。

 無論答えなど出るはずもなく、考えれば考えるほど生まれてくるのは謎ばかり。


「あの時感じた視線……気のせいじゃなかったってことなのかな……」


 仮にそうだとしても、今の俺に何ができるのか……。

 不思議と頭は働いている……見えないからか?

 見えたら何か変わるだろうか……いや、どの道手がふさがれてるし、ふさがれていなくても力が弱すぎる。


「ははは……ッたく、クソゲーかよ」


(せめて、魔法か何か使えればな……)


 魔法が使えれば……おそらくはまだ活路が開けただろう。

 あの時の診断、属性の特性だったか?

 確かそこに記されていたのは『炎』と『風』だ。

 あの表記の仕方からして、俺は炎と風の魔法が得意、もしくは使えるということだろう。

 せめて、母さんに魔力の使い方を教わっておけばよかった……最も、母さんは風の魔法以外を使っているところを見たことがない。俺が二属性なのだから、あの母さんが風だけなハズはないだろうし、属性ごとに使い方というのも違うのかもしれない。

 まあ、なんと思おうが異変は感じていたのだ。完全に己の怠惰が招いた事態、後悔してもしきれない。


「足は動く……か」


 何もできないんだ、一応状況確認くらいしておこう。



 ① 俺は何者かによって攫われた可能性が高い。

 ② 攫われたのは屋敷に入る直前、正確な時間は判らないが日没より前である。

 ③ 手は縛られているが足は自由に動く。

 ④ ③より、その手の薬を盛られた様子はない。

 ⑤ 辺りは真っ暗でここが何処かはおろか、大まかな時間さえ全く分からない。

 ⑥ 母さんは行方不明である。

 ⑦ 犯人はおそらくあの視線の正体である。

 ⑧ 俺は非力で何もできない。(重要)

 ⑨ ①~⑧より、俺は絶対絶命の危機である。



「ははは……笑えねえ」


 本気で何もできない。

 今いる場所が室内なのはなんとなくわかるのだが、この真っ暗闇で変に動くのは絶対危険だ。

 ただでさえ非力なのだから、自分からアクションを起こすなどもっての外……せめて灯りでもついてくれれば。

 いや、ついたところでどうこうできるわけでもないんだけども。


 ――ガタッ!!

「ひゃん!?」


 変な声でた!!

 何!? 怖い!!!

 真っ暗闇の中での物音がこんなにも恐ろしいとは……右の方から聞こえた?

 音がしたであろう方角をじっと見ていると、次第にその方から灯りが姿を現す。

 そして同時に、闇に閉ざされていた俺の周辺がかすかに目視できるようになった。

 俺がいたのは4畳ほどの小さな部屋……壁は土のようだったので、やはりここは地下なのだろうか。通路とみられる場所との間には鉄格子が張られており、通路の先にも同じような4畳間がある。完全に地下牢のそれだ。

 何故俺がこんなところに連れてこられたのか、ますます意味が解らない。


 そうこうしているうちにも灯りはどんどんこちらへ迫ってくる。

 ちらりと、向こうからは見えない範囲で灯りをのぞき込むと、どうやらそれは炎属性の魔法らしかった。

 小さな火の玉が術者らしき人物の前で浮いており、その灯りで周辺を照らしているようだ。


(犯人か、それともまた違う誰かか……いずれにせよ)


 依然、ピンチには変わりない。

 こんな檻の中に美少女エルフが手を縛られ、囚われていたらどうするでしょうか。

 ヒーローや紳士だったらどうにかして助けてくれるでしょう。

 女性だったら話くらいは聞いてくれるでしょう。

 根性の曲がった男だったら……これ以上はやめておこう!!

 ……想像するだけで虫唾が走る。


「……くっそ……」


 手が震え、膝が笑う。

 額からは冷や汗が伝い、歯を食いしばってもガチガチと震えて、その音が脳に響いてくる。

 オークの時以上……ここにきて最悪の気分だ。

 心で覚悟を決めようにも、このか弱い体の方は全く言うことを聞いてくれない。

 情けないようだが……正直超怖ェ。



 次第に考えるのもやめ、迫ってくる影にただ怯え、体が委縮する。

 この先に何が待ち受けているのか……俺は一体どうなってしまうのか……そんなことで頭はいっぱいだった。

 次に息が乱れ、足音が近づいてくるにつれて心臓がバクバクと騒音を立て始める。

 大きな目は見開き、涙しながらも灯りの方を無意識に凝視してしまい、体の反応を余計に助長させていく。


「はぁ……はぁ……」


 ――そして


「はぁ…はぁ…はぁ……」


 ――檻の端から


「はぁ…ゼェ…ゼェ…ゼェ…―――」


 ―――その足が姿を――――


「――――――ッッッッ!!!!」


「……エルちゃん?」

「…………ふぇ?」


 恐怖に耐えかね、目を瞑り、顔をうつ向かせた瞬間だった。

 聞き覚えのある声が耳に入り、俺はいかにも可愛らしい声を上げてしまう。

 涙に濡れ、くしゃくしゃになった顔を上げると――そこにはいつもと変わらない母さんの姿があった。

 変わっていることと言えば、炎の魔法を使っているくらいだろうか。


「どう……して……?」

「あらあらエルちゃんどうしたのー? 何か怖いことでもあった?」


 俺の震える声に対し、母さんは檻越しに心配そうな声色で問いかけてくる。

 とてもじゃないが、母さんに対して怯えていただなんて言えない。


「大丈夫? 深呼吸して……すぅー、はぁーって」


 言われた通りに深呼吸をする。

 何回かそれを繰り返し心をリラックスさせ、頬を濡らしていた涙をぬぐう。

 そしてそのあとに大きく息を吐き出し、改めて母さんに向かい合った。


「ありがとう、もう大丈夫。……なんで母さんがこんなところに?」

「さぁー……気が付いたら真っ暗になっててー、灯りほしいなーって思って魔法使ってぇー、檻があったからそれを抜けてきてぇー、出口を探してたらエルちゃんを見つけたのー」

「は……はぁ」


 やってることが色々とおかしい……いつもの母さんだった。

 この様子からして、俺をだますための変装……なんてこともないだろう。

 あの型破りでチートな母親を完全再現するだなんて、早々できるものではない。

 たぶん。

 ……となればだ。


「母さん……この檻、どうにかできる?」

「そーねぇ、自分で抜けてきたからねぇー」

「抜けてきたとは……」

「風さんで切り刻んであげたの♪」

「ヒエッ!?」


 ……この人は怒らせたらいけない。絶対に。

 下手したら死ぬ。


「じゃ、じゃあさ……この檻壊して―――」

「それはできないわ」



「…………え?」

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