第42話 『ファンタジック・エンデ』



  「   フ ァ ン タ ジ ッ ク ・ エ ン デ ! ! !   」



 そう叫ぶと、空を切るような音が鳴り響き、地面が揺れる。


 すると魔法陣が青白く光り出す。黒い靄みたいなのも立ち込めて怪しげに揺らぐ。



「――――」



 ただ驚くことしか出来なく、ただ見る事しか出来なかった。動かぬ体を投げ出したまま呆けている。




「聞いていた、呪文と……違う……」


 ソフィは勝手に口が動いているかのように語り出す。


「最後の、私が聞いたのは『エンデ』だった。呪文が違くても封印は出来るってことなの……?」




 ギリアムは片手の平を真ん中の出っ張りに叩き付ける。

 叩き付けた風圧か、中心から渦の様に風が舞う。


 すると、ソフィと団長が力を抜けたように膝立ちになった。


「んな……!?」 「っ!?」


「何だ……魔力が……」 「吸われている……!?」



「……魔力を……まさか、世界から魔力を……!?」


「……! つまり、魔族と境界線を断ち切るって……魔力を無くすこと!?」




「な、に? どう、いうこと……なの……!?」



「魔族は魔力を糧に、こちらの世界へ来ている。つまり魔力が無ければこちらに来れないってことだが……」


 そんなこと、果たして出来ると言うのだろうか、でも現に魔力は吸い取られているみたいだし。




 途端に、空気が圧縮されたように爆発音がする。空気が薄くなり気温も下がるり、振動がより一層酷くなる。



「ちょっと、どうなるのこれ!?」


「分からない、僕にはどうすればいいのか……」




「う”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!!」


 ギリアムは体の底から引っ張り出したような、低く響く唸り声を上げる



「……ちょ……と!」





「あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!!」


 耳鳴りの様な音が叫び声と呼応する。そして目を刺すような光が辺りを包み込む。


 思わず目を瞑る。眩しくて目が開けられない。



「―――――」




 何か聞こえた気がした。


 だが、意識はそこで途切れた。


























「お前は泣き虫な子だね」


 女性は男の子の頭をなでている。


「お前は、強くなれる。なんたってわたしとあの人の子供なんだもの」


 女性の優しい声が心に響く。


「僕は、どうすればいい?」


 男の子は泣きながら女性を見上げる。


「みんなを守りなさい。ご先祖様の様に、人を守りなさい。自分を信じて守れるような男になるんだ」


「……あなたの名前は?」


「――……」


「――。そう強そうな名前だ、だって強くなるんだから当たり前でしょう?」




「だから、自分を信じなさい」













 目を覚ます。外にいる。空を見上げていた。星空が綺麗。



 横にソフィ、団長、そしてレアも、みんな居る。息はしている。気を失っているだけのようだ。


 無事で良かった。




 ……。



 にしてもさっきのは、誰かの記憶だろうか。


 夢……? を見ていた。


 暖かい、声だった。




 あれ、待って。一人足りない。




「ギリアム!!」



 飛び起きて辺りを見回す。聖騎士団の城の中みたいだが、人影が無い。それにやけに静かな気がする。


「んん……」「う……」「んー……」


 わたしの叫び声で団長とソフィは目が覚めたようだ。レアは寝起きの様に低く唸りながらまだ寝ている。


「ここは……城の外か……?」


「あれ、地下室に居たはずじゃ……」



「ねぇ! ギリアムは!!」



「……多分、居なくなった。生贄になったんだ」


「自分からも、大気中からも魔力を感じない……本当に出来たの……?」



「……」




 お別れ、俺は死ぬと言っていた。信用したくなかった。嘘であってほしかった。




「―――――い!―――」


 遠くから声が聞こえる。



「おーい! 大丈夫か!?」


 タクとマーくんが駆け寄ってくる。さらに後ろからは聖騎士の人達が連なってくる。


「光が見えたからここに来てみたら、四人とも寝ていたんだ。驚いたよ」


「そうだ、いつの間にかお前らが消えたから焦ったぞ」



 ……ん? 今何か……?


「急に闇ギルドが攻め込んできて、団長もソフィさんも消えて混乱するわ押し寄せてくるわでもうめちゃくちゃだったんですよ!」 兵士の一人が言う。



「?」「?」「?」「…すぅ」


 三人は首を傾げ、一人は眠りについている。



「え、だって闇ギルドのリーダーが、オルクスが、ギリアムがっ……!」




「闇ギルドにリーダーなんて居たか?」「聞いたことないな」「オルクスって?」「ギリアム?」





 思い思いに話し始める。


 これは一体……。




「みんな、記憶にない……?」


「あの時、確か『俺は死ぬ、いや居なくなる』と態々言い直していた。自分の存在そのものを魔力の糧とした。と言うことなのだろうか……?」



 そんな事、可能なのだろうか。と思うが、今のこの状態を目の当たりにすると納得する他ないような気がする。

 みんな忘れている。と言うよりそもそも記憶にないような素振りだ。



「あれ、じゃあなんでわたし達は覚えているの……?」


 レアは分からないが二人は覚えていた。消えていない。


「近くに居たから、としか考えようがない。他の人との違いなんてそれしかない。レアさんも、どうかは分からないけど他の人に比べれば覚えている可能性は高そうだね」



「消えた、で思い出しましたが、魔力も消えてしまったんですよ!」 魔法兵士が魔法を撃とうとみせるがうんともすんとも言わない。



「……うん、やっぱり」


「魔力、無くなってるみたいだね」










 本日、ギリアムの封印により、恐らく大陸中の魔力が消えてなくなった。









 そのあとに「魔力を吸われたのに大丈夫だったのか」と聞いてみたが、少しずつ吸われていたので気を失っても負担自体は少なかったらしい。


 やっと起きたレアは、ギリアムの事を何か突っかかる感じはあるみたいだ。完全に忘れている感じではなさそう、だけど無理に記憶を引っ張り出す訳にもいかないから現状は放置、たまに少し話を聞いてみるくらいにしておこう。


 本来の目的であった魔族の封印も昼間のうちに済んでいたらしい。


 聖騎士団の研究者なんてそもそも存在していないという。


 人形兵も居ない。


 わたし達の村は地震で崩れてわたし達以外は全員死んでしまったらしい。


 賞金稼ぎになったのも村のためだった。


 転移所も存在していない。







 ギリアムや研究者が関係しているところがごっそり抜け落ちて、そして書き換えられている。


 相変わらずきちんと覚えているのが三人だけで、別の世界にでも来た気分に陥る。


 ふと腰のベルトに何か挟まっているのに気付く。


 封筒だ。


 そのことに気付いたソフィと団長とレアは一緒になって覗き込む。




 開けてみると、ギリアムからの手紙だった。


『俺は、命を懸けて世界を変えてきた。そして変えることが出来たということだろう。これを見ている奴に、頼みがある。 恐らく魔力の無くなった世界は、快適でこそないが生きていける筈だ、だが、魔力が無いのをよしとしない連中も少なからずいる。そいつらを受け入れてほしい。そして、誰もが幸せになれる世界を作って欲しい。拷問も人体実験も誰もやらないような、俺なんかが言えたことじゃないが、人殺しも盗みも無い、平和な国を守っていって貰いたい。俺の事は分からなくても忘れてても良い、ただここに記したことは必ずやってくれ、頼む。死人の我儘だ、断らないでくれよ。だから、後は任せた。  ギリアム・ハンドール』





「――消えてから、物事を頼むのってずるいよ」


「――あぁ、そうだね」


「――断るに断れませんものね」






「この役目、僕が受け持つよ。そもそもそこを目指していたしね」



「私も、副団長補佐じゃなくて、副団長になります。目指します」



「わたしは……いえ、わたし達は、そのお手伝いをします。何かあればすぐにでも呼んで下さい」





 それぞれが前を向いて歩き出そうとしている。


 残してくれたこの世界をより良いものとするように。


 出会いこそは最悪だった、だけど彼なりに世界を変えようと必死になって頑張っていたんだ。意味のない殺しもしてなかった。わたしとしては意味があっても殺すのも良くないと思うけど、自分の考えを他人に押し付けるやり方はしたくない。だけど殺しはダメ。


 矛盾してるよね、自分でも良く分かってる。


 けど自分を曲げずに相手を変えることだってできる。クロセルの時の様に、言葉を交わしてお互いを知って、分かりあうことも出来ると思うことも出来た。


 あの時は悲しいだけだった。


 だけど、その出会いがわたしを成長させてくれたのもまた事実だから。



 心に一つ一つ刻んで、生きていきたい。





 この命がある限りは。





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