第27話 『大規模作戦 Ⅳ 魔族と人間 』

 吹雪の中、まっすぐ進む。進んでいるつもりだ。


 ケルンを出たときより吹雪は弱くなっている。




 歩く。



 歩く。




 どれくらい歩いただろうか、洞窟のようなものを見つける。



 とりあえず中へ入ってみる。風が無くなるだけで大分暖かく感じるものだ、少しここで休憩をする。



「にしてもここは、何の洞窟? 結構奥まで続いてそうだけども」



「うーん、灯りになりそうな物を持ってきてないから、奥に行く勇気はちょっとないかな……」 もしかしたらオークの住処で、わらわら出てきたりしたら大変だ、この洞窟じゃ動き回ることも難しそうだし、すぐに捕まってしまうだろう。藪からオークだ。



「あ、セチア、まつげ凍ってるよ」


 言われて触ってみるとシャリシャリしてる。化粧に失敗したみたいになってる。

「ん、ホントだ、ってソフィも凍ってるじゃん」それに髪の毛も少し凍ってるよと笑いあう。


「ふふふっ」「キャハハハッ」「あははははっ」




「「 …… 」」



 二人して固まる。顔面蒼白。顔が引きつってる。ぎこちない動きで首が洞窟の奥へ向く。



「何も、居ない……よね?」

「でも、何か聞こえたよね……?」



 確かに聞こえた。わたし達が笑っているとき、呼応するように聞こえた。女性の笑い声。


 背筋が寒さとは違う寒気に襲われる。

「ほ、ほらきっと声が反響したからそう聞こえたんだよきっとっ!」 沈黙すると不安が押し寄せてくるのでわざと明るめに言ってみたが、声が少し震えてる。


「だ、だよね! 壁のシミが顔に見えるとか、思い込みだったりするし今のもそうだよね!」 

 そうだ、そうに違いないと反芻するがやはり不安は拭えていないようだ。





「あれ、セチア、その髪……」 と言いかけてソフィがわたしを見て表情が固まる。目が点になってて口がvの字になって、動かなくなった。


「わたしの髪がどうしたの?」 髪に触れようとして、髪の様な『何か』に触れた。冷たい。


 不快な音を立てそうな程、歪な首の動きをしながら振り向く。


 黒い髪、真っ白い肌、黄色い眼、つり上がった口角。


 ――クロセル。


 目の前にいる。


「キャハハハハ」


 無邪気に笑っている。


 身体が、動かない。動けない。


 白く長い手を伸ばしてきて顔をペタペタ触れる。

「キャハハハ、オモシロイカオッ」




「あ、あの」 声絞り出す。 「お話し、しま、せんか?」


 わたしは何を言っているのだ。



「キャハハハッ イイワヨ」「アナタノコト、チョット キニイッタワ」 気に入られてしまった。


 クロセル、人の言葉を理解してるみたいだ、喋り方は変わってるけど。




 はっとしてソフィは我に返る 「ちょっとセチア! 何言って」「アナタハ、ダマッテテ」 冷たい眼をする。凍り付きそうな程。


「……っ」



「あの、あなたは、何者なの?」


「ワタシハ、アナタタチガイウ、マゾクヨ」 




 魔族……。魔族……!?




「魔族!? あの!?」 ソフィが身を乗り出してくる。


 ちょっと不服そうにしながらも答える。「ソウヨ、ナマエハ『クロセル』ナンテ ヨバレテタワネ」



 ソフィに目をやる。

「イイ ヒビキネ、キニイッタワ」 キャハハハと楽しそうにしてる。



「ワタシハ『クロセル』!」




「あの、クロセル、でいいのかな? あなたはいつからここに居るの?」

 話だとそう前ではないようだけど……。


「サイキンヨ、コノアナノサキ、マカイニ ツナガッテル」 「ソコカラ、キタノヨ」  キヒヒヒと悪戯気に笑う。


 それに、と続ける。

「コノヘン アツクテ、コオリヅケニ、シテタ!」



 吹雪かせる噂は本当だったということだろう。


「あと、人を、殺したのは本当?」


「ワタシノ、ジャマヲ シタカラ、コロシタ」

「アノ、シンダトキノカオ クルシム スガタ サイコウダワ……」恍惚の笑みを浮かべ、悍ましさを感じる。



 これが、魔族……。



「人を、殺しちゃダメと言ったらあなたはやめる?」


「コロス、ワタシニハ カンケイナイ」



 そう、だよね。


「デモ、アナタハ コロサナイ オキニイリ」 「オハナシモ、タノシイ」 そこで初めて自然な笑みを浮かべた気がする。



「あのね、クロセル。近いうちにあなたを大勢の人が倒しに来る。その前に吹雪を止めて、魔界へ帰ってとお願いしたら聞いてくれる?」




「……ワタシヲ、コロシニ?」 表情が歪んだ。


「ミノホドシラズガ、ミナゴロシニ シテクレルッ!」最初に見た狂気の笑顔に戻る。




「そう、じゃなくて。わたしは誰も殺してほしくないの。勿論あなたにも傷ついて欲しくないだから、ぶつかる前に逃げてほしいの!」 クロセルの手を握る。冷たい手だ。



「……ニンゲン、アイテニ、セナカヲ ミセルナンテ シンデモ、ムリ」


「カエリウチニ、シテクレル」 と手を解かれてしまう。



「……」



「マタ、オハナシ シマショ」 と言って奥へ消えて行ってしまった。



 ……。



 何とか、なりそうと思ったけど……。




「セチア、帰ろう」


 外を見てみる。いつの間にか吹雪はすっかり晴れて、青空が広がっている。雪が反射して眩しい。



 これなら馬車も動けるだろう。一先ずケルンへ戻ろう。






 ケルンへ戻るとみんな無事に、とは言えないけど少し前に着いていたみたいだ。


 何人か怪我や体調不良の者がいたとのことだ。




「セチア!」

 タクだ、みんなも居る。


「無事でよかった」

「そっちこそ無事でよかった」



 あれからあったことを話す。



「クロセルは良くも悪くも噂通りってことか」


 噂の人を殺す、人を助ける。恐らくどちらも本当だろう。



 マーくんが代わって話してくれる。 「それと、さっき団長さんから話があって、ケルンで行う演習をこのクロセル討伐に当てるとのことだよ、あまり野放しには出来ないという判断みたいですね。作戦開始は明日の午後からで、今日はもう休んで、各自明日に備えてくれとも言っていたよ」 




 明日の午後……。


 もう1日切っている。


 わたしに、出来ることは無いだろうか。

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