第三十四章 ダームガーンの戦い -9-

「此処は我らに任せよ、ペーローズ将軍!」


 ノートゥーン伯爵、そしてティナリウェン先輩とトリアー先輩の降下。

 それは、対峙する二人にしても予想外の展開であっただろう。


「貴殿はヘルヴェティアの……わたしを負かしたあれの仲間か」

「ノートゥーン伯、エリオット・モウブレーだ。この場は、わたしが預かる。卿は、卿の為すべきことをせよ」


 ペーローズは、ちらりと上空に目を走らす。

 ぼくの姿を見た将軍は、意外そうに首を傾けた。


「あれは降りて来ないのか? 三人で、チョーハチローとやると?」

「アラナンの出番は、マタザが出てきたときだ」


 伯爵の答えに、ペーローズは面白そうな表情を浮かべた。


「ふん……まあよい。チョーハチローの相手をしているほどこちらも暇ではないのは確かだ。任せてもよいのだな?」

「くどい」


 ぶっきらぼうに返したのは、ティナリウェン先輩だ。

 馬を寄せると、いきなりチョーハチローに斬りかかる。

 その斬撃の速度と威力に、チョーハチローも槍で受け止めざるを得なかった。


「──重い。何者だ、貴様。イスタフルの人間ではなかろう」

青衣の民ケル・タマシェクを代表して、このイシュマール・アグ・ティナリウェンが魔王の手先に挨拶をしてやろう。西に兵を進めるなら、おれたちの刃が立ちはだかると知れ!」


 瞬間、多彩な斬撃が煌めく。

 華麗な連打に、チョーハチローが受け身に回った。

 流石は、学院でも随一の剣技の持ち主。

 マタザの部下とも、堂々と渡り合っている。


「なるほど。任せたぞ、西の戦士よ」


 ティナリウェン先輩の技の冴えを見たペーローズは、馬首を巡らすと後方に下がったバハーラムを追撃に移る。

 チョーハチローの邪魔がなければ、バハーラムの首を取れる状況にあるのだ。

 ならば、この場はイ・ラプセルの騎馬隊に任せた方がいい。


「邪魔をするな、砂漠の蛮族め!」

「魔族がよく吠えるものよ」


 チョーハチローの防御は固かった。

 あれほど技巧を凝らしたティナリウェン先輩の斬撃が、全て身体に届く前に撃ち落とされている。

 見たところ、ブンゴのような寒気がするような技はないように見える。

 だが、その実力が低いわけではない。

 あれは、戦場の業を磨いてきたタイプだ。

 ティナリウェン先輩と似ている。


「その程度か、青衣の民ケル・タマシェク!」

「もとより、おれ一人で勝てると思うほど、思い上がってはいない」


 血の凍るような風切り音とともに、戦斧が叩き込まれる。

 いきなりの重撃をも油断なく受け止めたチョーハチローも、馬ごと後方に身体がずれたことに驚きの声を漏らした。


「驚いたな。一撃の威力なら、青衣の民ケル・タマシェクより強い」

「ハッ、当たり前さ。あたしが誰の弟子だと思っているんだい。スヴェーアの海賊戦士ピロートクリーガラ、ビヨルン・ストリンドベリの名にかけて、ダンメルクの女海賊、このブリジット・トリアーが挨拶してやるよ!」


 魔力圧縮コンプレッションを身に付けた二人は、すでにフェスト出場者の平均よりも強いと言えるだろう。

 だからこそ、魔力の豊富な魔族の戦士とも、互角に渡り合える。

 むろん、一人一人ならチョーハチローの方が強いかもしれない。

 トリアー先輩はパワーがある分隙も大きい。

 撃ち終わりを狙われたら、すぐに突き伏せられていたかもしれない。

 だが、ティナリウェン先輩が、それを許さなかった。

 パワー、スピード、テクニックと、全ての要素をバランスよく備えたティナリウェン先輩が、トリアー先輩の一撃をうまくサポートしている。

 これには、チョーハチローも唸らざるを得なかった。


「思っていたより……やるな小僧ども」


 トリアー先輩の豪撃と、ティナリウェン先輩の連打を浴びながら、それでもチョーハチローに隙はなかった。


「したが、それでわしの首を取れると思われたのでは面白くない。ちょっとおいたが過ぎたようだな、ひよっ子の分際で」


 チョーハチローの雰囲気が変わる。

 完璧に絶っていた魔力の気配が、噴き上がるように湧き出てくる。

 圧倒的な強者の気配。

 その濃密な魔力に、やつも圧縮をしたことを悟らされた。


「はっ、それであたしらがびびるとでも思ってるのかい! あたしらは知っている、あんたより強い男をね……。今更、その程度でおたおたしてられるかい!」


 トリアー先輩が吠える。

 ぼくには、その気持ちがわかった。

 クリングヴァル先生と向き合うのに比べれば、なんてことはない。

 チョーハチローの魔力は強大だが、クリングヴァル先生やぼくよりも、当然その練りは劣っている。


 戦斧が叩きつけられる。

 チョーハチローは、それを軽々と打ち返した。

 自信の一撃を易々と返されても、トリアー先輩には驚きはない。

 態勢の乱れも、僅かなものだ。

 それでも、一対一であれば、その隙でトリアー先輩は討ち取られていただろう。

 逆側から、ティナリウェン先輩の刃がチョーハチローに迫る。

 だが、チョーハチローにその連携が通用していたのは、トリアー先輩の重撃にチョーハチローが押されていたからこそ。

 軽々と跳ね返したいま、チョーハチローには余裕があった。


 連打。

 その悉くを打ち落とすのではなく、同じ連打で返す。

 いや、それ以上の連撃。

 仕掛けたティナリウェン先輩が、押されている。


「ははははは、まだ続くか、ひよっ子!」


 笑みを浮かべるチョーハチロー。

 対して、ティナリウェン先輩は言葉を返すことができない。


 明らかな劣勢。

 トリアー先輩が戦斧を叩き込んでもなお、その攻撃は止まらない。


 完全に、攻守が逆転していた。


 同じ一段階目の圧縮であろう。

 だが、もともとの保有魔力が違う。

 魔力圧縮コンプレッションは、魔力の多い魔族に対抗するための技術。

 それを魔族が使ってきたら、対抗するのは難しい。


 伯爵が一人で行かず、三人で行った理由がよくわかる。


 そのノートゥーン伯は、動いていなかった。


 二人に前衛を任せ、じっとチョーハチローだけを見つめている。

 本来、伯爵は先頭を切って戦う武人である。

 騎馬隊でも、常に隊の衝角となって斬り込んで行く。

 しかし、今回はそれではチョーハチローに勝てないと思っているのであろう。

 速度なら、加速アクセレレイションを持つ伯爵の方が上である。

 だが、チョーハチローほどの武人なら、それにも反応しかねない。


「ちっ、それにしても、ヤフーディーヤの雑魚どももだらしがない。駆逐されつつあるではないか」


 チョーハチローが嘆息するのも、無理はない。

 彼の周囲にいたバハーラムの兵は、上空からのイ・ラプセルの騎馬隊の魔法によって、あらかた掃討されていた。

 ベルナール先輩たちが張り切ったのもあるが、まあぼくとファリニシュも少し手を貸している。

 頑強なパールサ人の障壁を貫いてダメージを与えるのだから、ベルナール先輩の火炎魔法も威力がかなり上がっているな。


「流石に長居もできん。そろそろ始末して次に向かわんとな」


 激しい打ち合いを止めたのは、次で決着を付けるための一呼吸。

 チョーハチローの意識は、すでにペーローズを追うことに移っているのか。

 刹那、ティナリウェン先輩と、トリアー先輩が視線を交わす。


 次で、決める。


 それは、二人にとっても同じ思いであった。




 

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