第三十四章 ダームガーンの戦い -10-
チョーハチローほどの武人が相手である。
例えその槍の防御を掻い潜れても、障壁を貫き通せるかわからない。
まず、一撃では無理であろう。
それだけに、仕留めるには三人の連携が必須である。
鍵となるのは、ティナリウェン先輩。
トリアー先輩に呼吸を合わせるなどの繊細な芸当を期待してはいけない。
ティナリウェン先輩の技倆あっての、連携。
そう、思っていた。
「えっ、ティナリウェン先輩から行くのか」
驚きのあまり、つい口に出てしまった。
仕方ないだろう。
ティナリウェン先輩が行くということは、トリアー先輩が合わせるということだ。
可能なのか?
ティナリウェン先輩の前進と同時に、チョーハチローも前に出る。
チョーハチローの狙いも、ティナリウェン先輩だ。
彼を崩せば、トリアー先輩を討つことは雑作もない。
そう、思っているのだろう。
予備動作もなく放たれた互いの一撃。
圧縮魔力の乗った強烈な刃が、中空で激突する。
打ち負けたのは、ティナリウェン先輩。
ある意味、予想通りの展開。
僅かに態勢を崩すティナリウェン先輩に、チョーハチローが追撃を──。
かけるはずが、来ない。
チョーハチローもまた、僅かに態勢を崩していた。
それは、実体の刃とは逆方向から飛んだ物質化された魔力の刃。
ティナリウェン先輩の新技、
一撃ではチョーハチローの障壁は破れなかったが、隙を作ることには成功する。
「やれ!」
ティナリウェン先輩が叫ぶより早く、トリアー先輩が跳び上がっていた。
膨大な魔力が戦斧に収束する。
あれは、ストリンドベリ先生の技。
上空より叩き付けられる戦斧。
その威力は、衝撃波となって周囲を吹き飛ばす。
ティナリウェン先輩も巻き込まれているが、それも覚悟の上だろう。
恐ろしいことをするな。
だが、それすらチョーハチローの防御を破るには至らない。
迎撃の刃を滑り込ませ、あの一撃を受け止める。
流石に押されてはいるが、チョーハチローに傷はない。
「は! 受け止められるのは予想通り。狙いはあんたじゃないのさ!」
トリアー先輩の哄笑。
チョーハチローが訝しげに首を捻ったとき、彼の身体ががくんと沈む。
そうか。
トリアー先輩の狙いはチョーハチローじゃない。
彼の乗っていた馬だ。
馬の足が、四本とも折れていた。
トリアー先輩の
彼の馬も魔族の馬で、西方の馬よりも丈夫でよく走る戦闘力の高い馬であるのだが、神馬の能力を分け与えられたイ・ラプセルの騎馬隊の馬ほどではない。
結果、馬は倒れ込み、チョーハチローの身体が宙に浮く。
閃光が走ったのは、その瞬間だった。
ノートゥーン伯が、抜き身の刃を構えている。
その刃から血が滴り落ちるのと同時に、チョーハチローの首が胴から離れた。
その使いどころを、待ちに待っていたのだろう。
ティナリウェン先輩の劣勢にも、じっと耐えて好機を待っていた。
ティナリウェン先輩を信じていなければ、できない芸当だ。
「やったな、エリオット」
ティナリウェン先輩が、伯爵に馬を寄せる。
肩を叩かれたノートゥーン伯は、途端に大きく息を吐いた。
「いや、緊張した。一瞬も、気が抜けなかったよ」
「おれもさ」
チョーハチローの技倆は、向こうの将軍たちを上回る。
それだけに、この戦果には、誇るべきものがある。
だが、伯爵は勝ちどきは上げなかった。
軍事的に見れば、チョーハチローは敵の指揮系統に関与していない。
彼を討ったところで、勝利にはならないのだ。
「ははは、だらしないね、イシュマール! と言いたいところだけれど、あたしもさ。ずっと、鳥肌が立ちっぱなしだったよ。あんな化け物、よくイシュマールは抑え込んだもんさね」
トリアー先輩が、右腕の手甲を外して袖を捲り上げる。
確かに、腕の毛が逆立っていた。
豪胆で鳴るトリアー先輩が、これだけ恐怖を覚えた相手だ。
勝ったとはいえ、実力では三人より上だったのは間違いない。
「それより、ブリジットの一撃を受けて大丈夫なのか? 結構まともに喰らっていただろう」
「ああ、覚悟していたから全力で障壁を強化したが、それでも破壊されたな。全身ハンマーで殴られたように痛いが、まあいまイリヤの
「無茶をする。後ろでひやひやしていたぞ」
「仕方ない。ブリジットが普通に攻撃しても、通用する相手じゃない。おれから行くしかなかった」
「言ってくれるさね! でも、あんたの言うとおりだ。この勝利は、あんたのものだよ、イシュマール。あんたが、あたしもエリオットも導いた。誇っていいさね」
笑い合いながら、三人が上空に上がってくる。
歓声が、三人を出迎えた。
ベルナール先輩やジリオーラ先輩が、嬉しそうに三人を叩いている。
アルバート・マルタンやストフェル・ヴァン・ノッテンも、その輪に加わっていた。
こうして見ると、イザベル・ギーガーやビアンカ・デ・ラ・クエスタがまだ馴染めていないのがわかる。
高等科生でも、もともと上位にいた者と、下位の者との意識の差は大きい。
いわんや、新参の高等科生においてをや、だ。
彼ら全員が一人で魔族の兵を蹴散らせるように鍛えねばならない。
身体だけでなく、心もだ。
それが、いまぼくに求められている役割なのかも知れない。
なぜ、クリングヴァル先生が今回来ていないのか。
その理由がこれなんだろう。
「マタザは、動いていないのか?」
伯爵が側に来る。
軽く頷いて、その質問を肯定した。
「ええ。不気味なほど静かですね。チョーハチローが討ち取られたことくらい、すぐに察知したはずです。てっきり、激怒して飛び出してくると思ったんですが」
「軽々しく動くのは将のすべきことではない。それが、わかっているのだろう。それだけに恐ろしいな。隙が見えない」
「でも、お陰でこの局面はこちらの優勢で決まりそうです」
チョーハチローは、ペーローズを止めるために来ていた。
だが、ぼくらがチョーハチローを迎撃し、ペーローズを自由にした。
お陰で、ペーローズは思う様バハーラムの陣を蹂躙し、敵の右前備はほぼ半壊している。
これによって、ハーフェズの軍は大いに優位に立ったと言えるだろう。
「向こうは追い詰められつつある。このまま行けば、こちらの勝ちは動くまい。だが、向こうにはまだ逆転の一手がある」
「ええ」
マタザが動けば、ハーフェズの軍に止められる者がいない。
ペーローズでも無理なのだ。
だが、ハーフェズの傍らに控える
「それを止められるのは、お前だけだ」
伯爵は、何がその一手なのかは明言しなかった。
だが、そんなことは、十分承知している。
僅かに頷くと、ぼくは彼方に控える男に目をやった。
男は、微かに笑ったように見えた。
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