第三十四章 ダームガーンの戦い -7-
灼熱の陽光の下。
疾駆するペーローズが、進行方向を変える。
真っ直ぐ突っ切るのではなく、右に転進したのだ。
そのまま回り込むように旋回し、後続の兵を分断するアルキンの許へと向かう。
少々犠牲を出しても、此処でアルキンの意図を挫くのが重要と考えたのだろう。
砂塵を巻き上げ迫るペーローズ。
噴き上がる魔力からは、アルキンを討ち取る意志がはっきりと感じ取れた。
「ごあああああ!」
猛虎が吠える。
鉄棒が、数人の兵を吹き飛ばす。
その姿、颶風の如し。
並みの兵では、ペーローズとまともに撃ち合うことすらできない。
「やれやれ」
同僚として、軍歴を重ねてきたアルキンにはわかるのだろう。
正面から戦えば、負けるのは自分の方だと。
バルヴェーズが討たれたいま、武勇でペーローズとまともに戦えるのは、大将軍アシュカーンくらいだ。
「あまり、戦場で会いたくない相手なんですがね、貴方は」
「ずっと追いかけてたのは、そっちであろう、アルキン!」
アルキンの武器は、双剣である。
並みの兵であれば簡単に討ち取る武勇を持っているようだが、ペーローズの鉄棒に比べると柔い。
まともに撃ち合えば、折れてしまいそうだ。
「仕方ないでしょう。貴方は戦場で自由にさせるには危険すぎる武将です。誰かが抑えないといけない。できれば、わたしにその役目が回ってこないでほしかったんですが」
「アシュカーンも、ラハムとバレスマナスじゃ役者不足ってわかってるのさ!」
躍り上がるように、ペーローズが突進する。
交差の瞬間、鉄棒がアルキンの頭上に降りかかる。
魔力が衝突し、激しい火花を散らす。
かろうじて一撃は耐えたが、押し負けたアルキンは馬上で態勢を崩していた。
「相変わらず、莫迦力ですね。でも、その力も、マタザには通じなかったじゃないですか。なぜ、皇子殿下に与したのです? どう足掻いても、勝てるはずがないじゃないですか」
右へ旋回。
ペーローズが戻ってくる。
かろうじて、アルキンは態勢を立て直す。
撃ち合いは不利。
勝つには、先手あるのみ。
そう理解したアルキンは、高速の突きでの迎撃を選択。
だが、巨軀に似合わぬ反応で、ペーローズは身を捻った。
懐。
呼び込まれる。
万力のごとき力で腕を締め上げられ、アルキンの手から剣が落ちた。
「確かに、マタザには勝てなかった。だが、別段勝つのはわしでなくとも、十分だ。神鳥墜ちるとき、魔犬もまた散りなむ!」
言葉とともに、ペーローズは右手に魔力を籠める。
くぐもった呻き声が、アルキンから漏れた。
顔を歪めたアルキンは、それでも白い歯を見せ、脂汗を流しながら笑った。
「フワルシェーダを討った少年が、それほどのものだと言うのですか?」
「わしに簡単に勝った男だ。マタザに挑む資格はある」
「ハライヴァの
ふっと息を吐く。
アルキンの右腕が、螺旋に魔力を纏って輝く。
と、その魔力が高速で回転を始めた。
同時に、今まで締め上げられていたのが嘘のようにするりとアルキンは腕を抜く。
「手妻を」
「たいした技術じゃないですが、単純な力で貴方に張り合っても無駄ですからね。魔力も使い方ってことですよ」
ペーローズの締め付けから脱出はしたものの、アルキンは右手の剣を失った。
この状態では、ペーローズとの衝突は不利。
それと悟ったアルキンは、形振り構わず馬首を翻し、逃げ始める。
疾駆の速度で逃げるアルキンに、ペーローズは馬の疲労も考え追うことを諦めた。
兵をまとめて、後続の掃討に入る。
アルキンの兵は、後ろから大いに討たれ、かなりの損害を出した。
ペーローズがアルキンと戦っている頃。
ナーディル・ギルゼイは、その持てる力を遺憾なく発揮していた。
ラハムの騎馬隊の進む先を制限するように動き続け、ついにバハーラム将軍の歩兵部隊に押し込むように追い込んだのだ。
雨のような矢で騎馬隊の機動力を封じたナーディル・ギルゼイは、一転して浮き足立つラハムの部隊に突っ込む。
騎射の得意なギルゼイ部族の弓騎兵である。
魔力の乗った矢は、トゥルキュト人の騎兵でも全員が射てるものではない。
だが、ギルゼイ部族の弓騎兵の騎射は、みな強力な魔力がこもり、易々と障壁を貫いた。
動きを止めたラハムの騎兵は容赦なくその矢の雨を食らい、次々と落馬していく。
「死にたいやつは、かかってきな!」
吶喊。
手練の十射で十人を射落としたナーディル将軍は、武器を槍に持ち替え振り回す。
陣形の乱れたラハムの騎馬隊ではその圧力に抗し切れず、易々と噛み裂かれた。
「下がるな! 前に出ろ!」
死を嫌って崩れる兵を鼓舞するべく、ラハムが前線に出てくる。
獰猛に、ナーディルは嗤った。
「ついに出てきたな、ラハム。お前を引きずり出す状況を作るのに、手間がかかったわ」
ラハムは堅実な用兵家であり、ナーディル・ギルゼイ相手に無理な攻めはしてこなかった。
時間稼ぎのような動きに翻弄され、ナーディルはかなり苛立っていた。
だが、将軍は焦らず、じっくりと攻めた。
少しずつラハムの行動範囲を狭め、動きが取りにくくなるよう制限していく。
そして、機と見るや風のように襲い、火のように突っ込んだのだ。
「シルカルナフラの蛮族め。これほどやるとは思わなかった。おれもやきが回ったものよ」
長剣を抜いたラハムは、悔しさを滲ませている。
騎馬の将としてそれなりに自負もあったのだろう。
だが、ナーディル・ギルゼイは、そのラハムの打つ手を悉く封じてきた。
兵の動かし方では、ラハムの完敗である。
かくなる上は、自らの武勇で兵を奮い立たせるしかない。
そしてそれは、ラハムを討ち取ろうと目論んでいたナーディル・ギルゼイの筋書き通りの行動であった。
「パシュートの血は、パールサのように堕落しておらぬ。大人しく平地の農耕に勤しんでいれば命も長らえるだろうに、な!」
馬首を向け、ナーディルがラハムに突進する。
ラハムも馬腹を蹴り、疾駆に入る。
交差の瞬間、矢継ぎ早に繰り出された槍の、二撃までをラハムは撃ち落とした。
だが、三撃目。
僅かに戻りの遅かったラハムの剣は、高速の突きを払えずに空を切る。
魔力の乗った突きは、障壁を抜き、ラハムの甲冑をも刺し貫く。
信じられないものを見たかのように目を見開いたラハムは、不意に糸の切れた人形のように馬から崩れ落ちた。
「ヤフーディーヤの
槍を掲げてナーディルが吠える。
ギルゼイの部の民が、武器を掲げてその声に応える。
左翼から起こったその歓声は、瞬く間に戦場全体に広がっていった。
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