第三十四章 ダームガーンの戦い -6-

 二日目。


 昨夜のうちに、両軍とも陣が組み直されている。

 マリーの予測通り、ヤフーディーヤ軍は前衛を三軍から二軍に変えてきた。


 左前備えがヴィスタム将軍、右前備えがバハーラム将軍で、主将を喪ったバルヴェーズ軍は一段後ろに下がっている。

 大将軍の部隊は更にその後ろで、正面からあそこまでたどり着くのは大変そうだ。


 ハーフェズ軍は歩兵をひとつにまとめ、シーリーンの指揮が届きやすいように変更した。

 その分厚みは増したが、左右が手薄である。

 左右の騎馬隊、ナーディル将軍とアフザル将軍の働きにかかっている状況は変わらない。

 カスパールはシーリーンの部隊の後ろで控えるが、昨日のアルキンの仕掛けで動きづらくなっているのは確かだ。


 どちらも、攻撃力より防御力を増やした陣形になっている。

 今日は、一進一退の攻防になりそうな予感がした。


 ペーローズの騎馬隊は、夜間も戻ってきていない。

 アルキンも、恐らくそうだろう。

 お互いに所在を掴ませないようにしつつ、一撃を加える好機を窺っている。


 ぼくたちの位置は、変わらない。

 カスパールの騎馬隊のやや左前方で待機だ。

 マタザが出てくるまで温存の方針は継続されている。

 カスパールや執事バトラーなら交戦できると思うが、勝てるかはわからない。

 ま、ぶつけるにはぼくあたりが適当なんだろうな。


 それでも、飛竜リントブルムやクリングヴァル先生が来ていないのは、ぼくでも対処できると思われているからだ。

 ならば、ぼくは自分にできることをやるのみ。


「今日も、暑いわねー」


 何気ない口調で、マリーが空を仰ぐ。

 白かった肌が、日焼けして黒くなっている。

 火傷にならないようファリニシュが手当てしているようだが、西方の陽射しに慣れた者には、この強烈な陽光は結構辛い。

 まあ、ぼくやファリニシュ、アンヴァルは陽射しに耐性があるのか、肌が焼けることはないのだが。


「ヴィスタムの部隊がやや前掛かりだ。敵は左から攻めてくるな。バハーラムとラハムは、受けに回るだろう。ナーディル・ギルゼイを、脅威と見たのだ」


 敵の布陣を見て、伯爵がその意図を看破する。


「アフザル・ドラーニとシーリーンがそれを受けきれるか、またナーディル・ギルゼイが敵の守りを突破できるか。そういう戦いになるだろうな」

「マタザは出てくるのか?」

「まだだろう。やつは、基本的に傍観者のはずだ。指導者ラフバルが危機にでもならんと、出ては来るまい」


 ティナリウェン先輩の問いに対し、伯爵の予測は順当なものであった。

 昨日の様子を見れば、マタザが先頭を切って出てくることはない。

 つまり、今日もぼくらは待機が濃厚と言うわけだ。


「だからと言って、集中を切らすような愚か者はいないよな?」


 見透かしたように、伯爵が振り向いてくる。

 いや、こっち見るな!

 ぼくはいつでも臨戦態勢ですよ!


「大丈夫だよ。待ってるだけじゃあ退屈だなんて、思ってないって」


 そう言うと、何故かマリーとジリオーラ先輩が大きなため息を吐く。


「師匠が師匠やさかいな……」

「変なところまで似なくていいと思うのよ」


 おかしい。

 思ってないと言ったのに!


「アラナンの考えていることは、すぐ顔に出るのよ。いつも言っているじゃない」

「せやな。丸わかりや。商売には向いてへんな自分」


 くそう、みんながいつも通りで安心したよ!

 これなら、普段通りの力が発揮できるはずだ。

 イスタフルの兵が豊富な魔力を持っているとはいえ、魔力圧縮コンプレッションまで使えるのは一握り。

 学院の高等科生なら、そう簡単にやられることはない。

 よほど多数に押し包まれない限りね。


「始まるぞ」


 たしなめるように、ティナリウェン先輩が短く言う。

 その言葉の通り、向こうの左前備えが前進を始める。

 まずは、ヴィスタム将軍の歩兵一万五千が相手か。

 連携するように、バレスマナスの騎馬隊も動き始めている。


 シーリーンは、慌てず兵を待機させている。

 彼女の歩兵部隊は、無理して攻める必要はない。

 主攻はそこではないのだ。

 とにかく、敵の攻撃を耐える。

 そして、その位置を動かない。

 彼女に求められているのは、そういう役割だ。


 アフザル・ドラーニも、バレスマナスの騎馬隊の前進を、攪乱するように動き回っている。

 無理して撃破しようとする動きではない。

 損害を抑えつつ、足止めしようとしている。


 派手に攻撃を開始したのは、ハーフェズと神官長モウバドの部隊である。

 昨日からずっと魔法を撃ち続けているが、衰えは見られない。

 ヤフーディーヤ軍に一番損害を与えているのは、間違いなくハーフェズの竜炎魔法ドラゴンブレスだ。

 その猛攻に、ヴィスタム将軍の兵の前進にも勢いが見られない。

 あれを食らいながらも猛撃を加えてきたバルヴェーズが、如何に規格外の武将だったか、よくわかる。

 案の定、シーリーンの部隊に接敵したヴィスタム将軍の兵は、攻めあぐねて押し合いを続けている。


「ペーローズと、アルキンがぶつかっている」


 ノートゥーン伯が、味方の左翼の更に左を指差す。

 昨日は追いかけっこをしていた両将軍が、ついに鉾を交えているようだ。

 ペーローズが、先頭に立ってアルキンの騎馬隊に突っ込んでいる。

 流石のアルキンも、ペーローズの武勇を正面から受け止めるのは難しい。

 左右に分かれて絞り上げようとするが、ペーローズは分かれた右側に突っ込んだ。


 無人の野を行くかのように、ペーローズが敵騎兵を吹き飛ばしながら前進する。

 帝国でも有数の武勇を誇る驍将である。

 ハライヴァの猛虎ヴァグルの異名に偽りなし。


 これは、一気に食いちぎるかと思ったが、分かれた左側の部隊が横からペーローズの後続に痛撃を与える。

 アルキンめ、ペーローズ自身を避けて消耗戦に持ち込む気だ。


 ペーローズの勢いは衰えないが、後続と寸断されては、後ろがアルキンに食われる。

 だが、下手に後退しては、いま攻め立てているアルキンの別動隊に背を撃たれる。


「ペーローズの騎馬隊と刺し違えるなら、それで十分という戦術だな。堅実なアルキンらしくない、大胆な用兵だ」


 ノートゥーン伯が驚いているところを見ると、アルキンの動きは伯爵の予想の上を行ったのだろう。

 昨日から、アルキンの用兵は大胆と慎重をうまく使い分けているように見える。


「ペーローズを、ハーフェズの剣と見たんだろう。それを折れば、指導者ラフバルに届く軍はないと思っているんだ」


 ティナリウェン先輩が舌打ちする。

 つまり、そのアルキンの見立ては、ある程度当たっているのだ。

 ペーローズの騎馬隊の突撃は、ハーフェズの軍団で最大の威力を誇る。

 正面からの打撃力ならカスパールの神官騎士の方が上だが、機動力による予想外の場所からの突撃は、戦士長フラマンタールにはない芸当だ。


「厄介な武将やな……。アルキンのせいで、うちらの攻めがうまく機能せえへん。バルヴェーズがいなくなったいま、最大の障壁はあの男やで、ほんま」


 ジリオーラ先輩の呟きは、ぼくらの共通認識だった。

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