第三十四章 ダームガーンの戦い -3-
ゆっくりと、中央のバルヴェーズ軍が動き出す。
「気の短いことだ。よかろう、出番だぞ、バルタザール!」
それを見たハーフェズが、眼下の
魔族とはいえ、
神官など、特殊な訓練を受けた者だけだ。
前進するバルヴェーズの歩兵に対し、
だが、流石に魔族。
盾を掲げると、
ペーローズの騎馬隊も、ぼくの
だが、ハーフェズの笑みは、崩れない。
「流石はバルヴェーズ、よくぞ鍛えた。だが、ヒッサールの血を侮っているのではないか? そなたの目の前にいるのは、余の者ではない。
ハーフェズが神剣を掲げると、無数の
その数は、さきほどの神官たちの魔法の比ではない。
ハーフェズ一人で、神官千人分の力があるというのか。
「我が竜炎、耐えて見せよ、バルヴェーズ!」
かつては十個展開するのが限界だったはずだが、いまや千の魔法を同時に展開する男となったのか。
あれを同時に叩き込まれたら、ぼくでも耐える自信はない。
相変わらず出鱈目だ、ハーフェズってやつは。
上空から噴射される猛炎に、掲げた盾も保たなかった。
だが、それでもバルヴェーズの兵は、前進を止めない。
鍛え上げられた勇敢な兵士だ。
続けて、シーリーンの部隊から、砲撃音が轟く。
あれが、サナーバードの城壁を破壊した魔導砲か。
砲撃が着弾すると、爆風で十数人の兵が吹き飛ぶ。
凄い兵器を持っているな。
二門しかないのが惜しい。
その砲撃をも潜り抜けて、バルヴェーズがシーリーンの兵までたどり着く。
かなりの損害を出していたが、開いた穴を即座に修復する練度は見事だ。
そして、バルヴェーズの戟が、立ち塞がるシーリーンの部下たちを紙のように振り払った。
「うわーははは! 脆い、脆いな、ハライヴァの兵は!」
バルヴェーズは、颶風のように長大な戟を振り回す。
猛将の名に偽りなし。
あの武勇に立ち向かうには、ペーローズやナーディル・ギルゼイ並みの武将でないと無理だ。
猛撃を受けたシーリーンの部隊が崩されかかるが、叱咤を受けて何とか踏みとどまる。
流石に、将軍のいる中央は、そう容易く崩壊はしない。
だが、そう安心して見ていられる状況でもなかった。
中央に続いて、左右両翼の軍も、前進を始めていたのだ。
ハーフェズと神官団の魔法が飛ぶが、決定打は与えられていない。
ハーフェズも、連続してあれだけの大魔法は撃てないようだ。
ヤフーディーヤ軍の両翼は、中央ほどの蛮勇は見せてはいないが、堅実で隙はなかった。
バハーラムの部隊は中央とうまく連携し、その突進と合わせるように味方の左翼に来襲する。
味方左翼には歩兵の大隊長二人が配されているが、兵力でも指揮官でも劣勢である。
たちまち浮き足立つ味方を援護するようにナーディル・ギルゼイの騎馬隊が動き出すが、その前にはラハム将軍の騎馬隊が立ち塞がる。
パシュート人の騎馬隊は果敢に突っ込むが、ラハムは柔軟に動いて受け流している。
あれは、時間稼ぎの戦法だ。
騎馬で正面からぶつかるのは不利と見て、歩兵で決着を付けるつもりなのだろう。
左翼と似たような状況に、右翼も陥っている。
整然と進むヴィスタム将軍の部隊に、右翼の歩兵大隊は押され気味だ。
援護すべきアフザル・ドラーニの騎馬隊も、バレスマナスの騎兵部隊に引っ掛かっている。
全面的に劣勢というのは、ちょっとまずい。
ノートゥーン伯爵の表情にも、焦慮の色が浮かんでいる。
だが、ドラーニ部族の騎馬隊の突進をうまくいなしていたバレスマナスの騎馬隊の横腹に、不意に出現した騎馬隊が食い付いた。
──あれは、ペーローズだ!
どういう機動をしていたのか見落としていたが、いいタイミングでバレスマナスの騎馬隊を寸断する。
バレスマナスは駆けながら反転し、ペーローズを迎撃しようとするが、ペーローズはそのまま駆け去っていく。
その後ろからアルキンの騎馬隊が現れ、捕捉しようと追いかけるが、ペーローズは足を止めない。
そのペーローズが作り出した一瞬の隙を、老練なアフザル・ドラーニは見逃さなかった。
ヴィスタム将軍の歩兵の左腹に強烈な一撃を加え、さっと退く。
それで、味方の右翼は何とか息を吹き返した。
歩兵に向かったアフザル・ドラーニの後ろを叩こうとバレスマナスが追うが、深入りしなかったドラーニはもう態勢を整え、迎撃している。
右翼が何とかなったなら、次は左翼か。
そう思ったとき、無数の
再びの竜炎。
それが、容赦なくバハーラム将軍の部隊に降り注ぐ。
さしものバハーラムも、前衛が一気に薙ぎ倒されては、攻勢を持続できない。
足を止め、隊列の再編を余儀なくされる。
ぎりぎりのところで、両翼は均衡を保っている。
すると、中央次第か。
バルヴェーズは、魔法砲撃によってかなりの損害を出していたはずだ。
勢いさえ止めれば、そう長くは攻勢を続けられないはず。
だが、その勢いが止まらない。
血風とともに、バルヴェーズが前進する。
咆哮が、戦場に響き渡る。
まずいな。
あれだと、中央は噛み破られかねない。
シーリーンは必死の形相で兵を叱咤しているが、並みの兵ではバルヴェーズを止められないのだ。
「伯爵!」
ノートゥーン伯の方を向いて、声を掛ける。
ぼくらには、独立行動権が与えられている。
本陣の指揮ではなく、ノートゥーン伯の判断で部隊を進退させることができるのだ。
その権限を、いま使うべきではないのか?
此処で中央が崩れたら、ぼくらがマタザの進軍に控えている意味もなくなる。
「落ち着け!」
だが、伯爵は動じなかった。
かつて、ポルスカで似たような選択を迫られたことがある。
当時のノートゥーン伯も、こうして待機を命じてきた。
それは、彼自身も迷った中での決断だっただろう。
しかし、いまの伯爵には、迷いがなかった。
「見ろ、殿下が神官騎士を動かす。
ハーフェズの本陣に、動きがあった。
予備兵として控える
大胆な。
あれは、ハーフェズの身を守る本陣の兵だ。
それを動かしては、本陣ががら空きになる。
「
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