第三十三章 神鳥騎士団 -5-
パシュート人の鬨の声が、大地を揺るがす。
丘の上に伏せていた騎兵が、次々と身を起こし、駆け下っていく。
先頭を駆けるのは、猛将ナーディル・ギルゼイだ。
引き絞った弓から、流星のように矢が放たれる。
魔力の乗った矢だ。
ぼくの
「敵襲だと!?」
バルディアー将軍は、行軍の中ほどを進んでいた。
前衛がギルゼイの奇襲で混乱すると、兵を叱咤しながら前に出てくる。
そこに、ちょうどナーディル・ギルゼイが駆け降りてきた。
すれ違いざまに、一矢。
だが、バルディアーは剣で矢を斬り払った。
実戦経験がないと言うことであったが、腕はいい。
剣筋は、立派なものだ。
それでも、対応できた人数は、数える程度であった。
奇襲を受けたバルディアーの麾下の騎兵の多くは、そのままギルゼイ部族の波に飲み込まれて鞍上から姿を消した。
「冗談ではない!」
前衛を壊滅させられたバルディアーは、追い付いてきた後続の兵を率いてナーディルの後を追う。
そこで態勢を立て直し、そのまま追撃できていれば、バルディアー軍はまだ十分戦えたであろう。
だが、時間差でもう一騎、丘の上から現れる。
当然、ぼくだ。
「アンヴァル!」
「馬遣いが荒いでいやがりますよ!」
バルディアー軍がナーディル・ギルゼイを追おうとしたところに、猛然とアンヴァルの
強烈な横撃を食らい、バルディアー軍の後続は、足を止めてしまった。
目の前で、味方が一瞬で燃え尽きるのを見れば、誰しも前に進むのを躊躇する。
そのため、バルディアー将軍は、僅かな前衛とともに、前線で孤立してしまった。
「小癪な真似をする!」
そこに、ナーディル・ギルゼイが馬首を翻して戻ってきた。
一斉射撃。
そして、突撃。
その兵の動きには、一糸の乱れもない。
惚れ惚れするような騎兵の運用だ。
そして、ギルゼイ部族の騎馬隊が通過した後、バルディアーの姿は鞍上にはなかった。
「手柄を譲ったな、小僧が! 百年早いわ」
ナーディル・ギルゼイが駆け寄ってくる。
ギルゼイ部族の兵たちは、将を失った残敵の掃討に移っていた。
「いや、まあ今回のぼくの任務は、主にノートゥーン伯との通信ですからね」
それだけに、あまり元気に動き回っていても不思議に思われてしまうだろう。
それに、もともとこれはぼくたちの戦いではない。
でしゃばりすぎても、反感を持たれるだけだ。
「澄ました顔しやがって。若いくせに老人みたいに醒めてやがる」
「戦いでは心を揺らすなって仕込まれたんですよ」
「けっ。おれたちより育て方がえぐい連中がいるとはな」
猛将で口も悪いが、ナーディル・ギルゼイは思ったより冷たい人間ではなかった。
いや、むしろうざいくらいに話しかけてくる。
ハーフェズの友人である西方の戦士に興味があるのか。
無視されるよりは、ずっといいけれどさ。
「
「予想地点に出てきましたね。伯爵とヘルヴェティアの騎馬隊が、相手をしています」
「お前さんがいなくて、相手にできんのか?」
「ん──まあ、イリヤもいますからね。何とかするでしょう」
「ペレヤスラヴリの白き魔女か。実在したんだなあ。お伽噺だと思っていたぜ」
ニ度目の魔王の進軍が止まったのは、ファリニシュがペレヤスラヴリに侵攻しようとする軍団を半壊させたからだ。
それがなかったら、レグニーツィアで大敗北を喫した西方諸国は危なかったかもしれない。
それだけに、ペレヤスラヴリの白き魔女の名は、今でも東方では恐るべき悪魔として記憶されていた。
「白き魔女の吐息は、万の兵を凍てつかせるってな。話し半分としても、背筋が寒くなるぜ」
「まあ、ペレヤスラヴリでなら、できるみたいですよ。流石に、この砂漠では難しいでしょうが」
「はん、まあ
そう言えば、なぜファリニシュは
むしろ、
(アラナン、そっちはどうだ?)
考えごとをしていると、ノートゥーン伯から連絡が入る。
(バルディアーはナーディル・ギルゼイが討ち取りましたよ。麾下の兵は四散したんで、掃討に移ってます)
(呼び戻せ。アルキンの騎馬隊が、異常に気付いた。哨戒の兵をかなり放ったぞ)
(ああ、
(半数は討ったが、後は逃げられた。こっちも、ちょっと消耗が大きい。死者は出ていないが、負傷者は結構いる。連戦は無理だ)
(それで、生き残りの
それなら、アルキンにもこちらの大体の位置は把握されただろう。
今回のような奇襲は、もう無理だと思うべきだった。
「将軍、アルキンの部隊がこちらに向かってくるようですよ」
「ま、やつはバルディアーほど莫迦じゃないからな。気付くとは思ってたぜ。おい、てめえら、追い掛けていった連中を呼び戻せ。移動するぞ」
アルキンの騎馬隊は、そんなに甘い相手じゃない。
ナーディル・ギルゼイも、わかっているようであった。
「ヴァン・ノッテンが、アルキンを捕捉しています。駈歩で二十分ほど!」
「一パラサング(約五千五百メートル)もねえじゃねえか。ってことは、そろそろ──あれか」
西の地平線に、砂塵が見えてくる。
アルキンの騎馬隊が、接近してきているのだ。
こちらの位置を割り出し、対応する速度が半端ではない。
一方、ギルゼイ部族は追撃で戦闘態勢が整ってなかった。
「──速度を上げたぞ。気付きやがったな」
「集結していますからね。動きが見えたんでしょう」
「正面からぶつかるしかねえ。もう数分、こっちも時間がかかる」
「上空に
「ありゃあ、お前さんに任せていいんだろう?」
「ぼくは、そのためにいるんですよ。行くぞ、アンヴァル!」
「勝ったら、ナーディルのおっさんの奢りですよ!」
減らず口を叩きつつも、アンヴァルが
こちらが飛び立ったのに気付いたか、密集して飛んでいた
一斉に散開したのだ。
「──アラナン、あれはファリニシュの手を掻い潜って生き残った連中で、しかもこちらに空の戦力があることを理解してやがります。油断できる相手じゃねえでやがりますよ」
「アンヴァルにしては、的確で的を射た意見、ありがとう。ぼくも、そう思うよ」
「最初の一言だけ、余計ってやつですがね!」
軽口を叩いたが、離れていても連中の凄さが伝わってくる。
魔力が、感じ取れないからだ。
こいつら、
それは、魔力操作の練度の高さを窺わせた。
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