第三十三章 神鳥騎士団 -3-

 魔力の流れが見える。


 カマールの右手に集まった魔力が、杖で増幅されて火炎へと変換され、撃ち出される。

 滑らかな魔力操作だが、遅い。

 隠蔽も甘かった。


 だが、あえて避けずに、突っ込む。

 火炎の術式なら、ぼくには通用しない。

 ファリニシュが言ったことだ。


「狂ったか!」


 カマールの叫びを無視し、業火を強引に突っ切る。

 ちょっと熱いな、と思うが、それだけだった。

 なるほど、こいつらの炎は、もともと太陽神ミトラ由来の能力なんだ。

 太陽神ルーの加護を持つぼくに、通用するはずがない。

 呼び方は違っても、太陽はひとつ。

 同じ存在だ。


 まあ、いわばこいつらはぼくらにとっては裏切り者だ。

 手加減する必要もない。


太陽神ルーの一剣、喰らってみるか!」


 サイズでは負けるが、速度はアンヴァルの方が上だ。

 楽々と上を取ると、上空から飛び降りつつ、フラガラッハを抜いて斬り下ろす。


「くっ、なぜ火炎が効かぬ!」


 咄嗟に撃ち出す術式を迷い、カマールに迎撃の余裕はなくなった。

 仕方なく、彼は手に持つ杖を掲げ、フラガラッハの刃を受けようとする。

 だが、その程度の杖で、神剣の刃が受けられるはずがない。

 杖ごとカマールを両断し、返す刀で神鳥スィームルグの首を刎ねる。


「アラナンにしちゃ、上出来ってやつですよ」


 上から目線の神馬が、本当に上から声を掛けてくる。


「抜かせ。ファリニシュの方はどうだ?」

「あっちは、神鳥騎士スィームルグ・シパーヒでも下位のやつですよ。もう、終わってやがります」


 見れば、もう一人の神鳥騎士スィームルグ・シパーヒは、乗鳥ごと凍りつき、落下していた。

 氷結ザモロージェンニャが効く相手だったようだ。


「思ったより、たいしたことなかったな」

「主様に火が効きんせんことを知らなさんしたな」

「次は、そう簡単には、いかないか」


 伯爵の許に戻ると、ラトフェルが追加の情報を仕入れていた。

 ナーディル・ギルゼイの騎馬隊が二騎の神鳥騎士スィームルグ・シパーヒと遭遇し、交戦するも取り逃がしていた。


「パシュート人の騎馬隊とは、相性が悪いようですね」


 パシュート人も大地を駆ける相手には強者であるが、空を飛ぶ相手には対抗手段が少ない。

 逃げられれば、追うこともできまい。


 だが、ギルゼイ部族の騎馬隊が敵に捕捉されたのは、痛手だ。

 ヤフーディーヤの騎馬隊が、ナーディル・ギルゼイ目掛けて殺到してくるだろう。


「ナーディル・ギルゼイの援護に行くしかないでしょうね」

「うむ……しかし、空を飛べる者は、アラナンとイリヤしかいないしな」


 隊が分断されるのを、伯爵は懸念しているようだ。

 確かに、もともと人数の少ない学院生が、さらに分かれることは危険な行為ではある。

 でも、いま対応できるのは、ぼくらしかないわけで──。


「いや、空を飛ぶだけなら、他の馬でもできやがりますよ」


 そして、アンヴァルがそんなぼくと伯爵の懸案事項を吹き飛ばした。


「流石に、太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーそのままは無理ってやつですがね。空を駆けるくらいの劣化版なら、どの馬も使えるようになってやがります」

「──この大食らいめ、なんでそんな重要なことを黙っているんだ」


 むにょーんと頬を引っ張ると、アンヴァルは涙目になりながら抗議した。


「いや、そりゃ地面を走った方がエネルギーを使わないですし、お腹も空かないでやがりますよ。アラナンはけちだから、アンヴァルたちのごはんをすぐ忘れやがりますからね」

「いや、真っ先に確保して、人の何倍も食べているだろう、アンヴァルは」

「食べてないですよ。ほんと、アンヴァルはいつもひもじい思いをしている可哀想な神馬なんですよ」


 騙されてはいけない。

 油断をすると、すぐ食糧を食い尽くしかねないのがアンヴァルだ。

 起き抜けの軽い食事、朝食前に胃を動かす食事、軽い朝食、本格的な朝食、クールダウンの朝食、朝食後の軽い食事、朝のおやつとかもう意味不明すぎる。


「それはともかくとして、伯爵、部隊で飛行できるなら、戦術に組み込むべきではありませんか?」

「うむ──それに越したことはないが、大丈夫なのか?」

「──馬たちもまだ慣れてやがらないですからね。まだ魔力再循環リサーキュレーションしながら飛べないんですよ。だから、アラナンの魔力を食いながら飛ぶんで──この単細胞の魔力がバカスカ食われる程度でやがりますよ」

「──おい」


 危険を察知したか、アンヴァルはノートゥーン伯爵の後ろに逃げた。

 わざわざ、太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーを使って逃げるな!


「その単細胞には、魔力の泉ドライオット・ヤーラッハがあるから、長時間でなければ問題ないでやがりますよ。戦闘飛行程度なら、十六騎の飛行も可能です」

「──ふむ、ということだ。通常時は普通に駆け、神鳥騎士スィームルグ・シパーヒを見つけたら飛翔する。それでいいかな。とはいえ、いきなりは難しい。試してみないとな」


 伯爵の影に隠れながら、アンヴァルがふんぞり返っている。

 こそこそしているのか、堂々としているのか、どっちかに統一してほしいところだ。

 とは言え、確かにアンヴァルに構っているほど暇ではない。

 飛行経験のあるぼくはともかく、他のみなは訓練が必要だろう。


 実際、やってみると確かにかなりの魔力負担があった。

 ぼくの魔力の泉ドライオット・ヤーラッハは、単に魔力が多いだけじゃなく、回復速度もかなり上がっている。

 少々の魔法では、魔力の回復速度の方が速く、減少することもない。

 だが、十五騎が一斉に飛び上がると、一瞬違和感を覚えるほど魔力を持ってかれる。

 すぐに回復するが、減少速度のが速いな。

 確かに、長駆には、ぼくの魔力が持ちそうにない。


「アラナーン、これ結構爽快ね!」


 もともと騎乗能力の高いマリーは、空中でも問題なく駆けているようだ。

 ノートゥーン伯、ティナリウェン先輩、ビアンカにジュスタンなんかも順応しているようだ。

 危なっかしいのは、イザベルとソラル、アルバートのヘルヴェティア生え抜き組、トリアー先輩やストフェルのような船の方が得意な連中だな。


「ビアンカ、イザベルを見てやってくれ!」


 伯爵がストフェルを、ティナリウェン先輩がトリアー先輩を、ジュスタンがソラルを、ステファン・ユーベルがアルバートを、それぞれサポートして指導を始めていた。

 イザベルがまだ放っておかれていたので、ビアンカに補助をお願いする。

 地上の戦闘ではイザベルのが強いんだが、馬上ではビアンカの方がかなり格上だ。

 仕方ないわね! とか文句を言いつつ、ビアンカは何処か嬉しそうにイザベルの姿勢の悪いところを直していく。


「あの二人もいい相方でござんしょう」


 おや、いつの間にかファリニシュが降りてきていた。


「イリヤはいいのかい?」


 と、尋ねると、狼は艶然と微笑んだ。


「わっちは飛べるのに、必要ありんすか?」

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