第二十八章 激戦の彼方に -8-
ヘルヴェティアの最大戦力の二人である。
二人とも、一人で一軍を相手にできる超人だ。
今回は、ヘルヴェティア軍が西に向かうため、そちらに同行しているはずだ。
だが、リヒャルト・マティス率いる精強なヘルヴェティア軍団が、ロタール公国相手にそうそう敗れるとは思えない。
むしろ、二人が必要なのは、明らかにこっちの戦線だろう。
だが、
それは、ヘルヴェティアの次代を担う者たちに、経験を積ませるための決断だったのではないか。
そう考えると、先生が二人を呼びたくなかった理由がわかる。
自分が、二人の期待に応える力量がまだないということなのだから。
「じゃが、イフターバ・アティードが表に出てきては、致し方もなかったかのう」
「弟子の未熟。汗顔の至り」
先生は座り込んだまま、へらへらと笑う。
「弟子の尻を拭くのも、師匠の役目ってもんさ。無駄に突っ込まなかっただけ、成長したと言ってほしいね」
いきなり転移してきた
そりゃそうだろう。
クルト卿たちは、先生と
「お久しぶりです、学長。それに、ギルド長も」
そんな中、ハンスだけは平然と二人に挨拶をしていた。
流石、学院にいただけあって、ハンスは二人の力量をよく知っている。
「おお、いつぶりかの、ハンス君。大分腕を上げたようじゃが」
「まだまだです。アラナン君の戦いを見れば、腕を上げたなどと恥ずかしくて言えませぬ」
「呵々、同期としてアラナンを競争相手として見るのはよいが、ほどほどにしとくがよい。人間を超えねば、アラナンに伍することはできぬ。茨の道ぞ」
「
いささか面映ゆいが、ハンスが依然としてぼくをライバル視してくれているのは嬉しかった。
ハーフェズが去ったいま、学院にぼくのライバルと言える者はいない。
ノートゥーン伯と言えど、ぼくの成長速度にはついて来られない。
だが、此処に未だ諦めずに追ってくる友人がいる。
それは、とても有難いことだ。
一方、
彼は謹厳な表情のままクリングヴァル先生の傍らに立つと、じろりとひと睨みする。
先生は肩をすくめると、立ち上がった。
「イフターバ・アティードと決着を付ける頃合いだろ? 呼ばなかったら、逆に怒っていたのは知っているぜ」
「無論。呪われたアセナの血とともに、彼奴は此処で叩き潰す。だが、問題は貴様だ、スヴェン。イシュバラごときに手こずるようでは、儂の弟子は名乗れんぞ」
「遊んでいただけだぜ。本気でやれば、おれさまが勝つさ」
「ぬかせ。言葉はいらぬ。結果で示せ」
弟子に、自らの息子を討ち取れと命じているのだ。
家族の情と言うものが、この老人にあるのだろうか?
巌のように堅い表情の
よくこんな人が、自信過剰で適当で真面目とは無縁なクリングヴァル先生を弟子にしたものだと思う。
「貴様より、貴様の弟子の方が見所がある。アルトゥンとウルクパルを討ったそうではないか」
「まあな。師匠が優秀だと、弟子も育つ」
「師がだらしない分、弟子がしっかりしよる。働きを見せい」
怒られることは想定していても、実際に体験するのは好きではないようだ。
「さて、それではわしらは行くでの。クルト卿とハンス君は、ボーメン王の許に赴いて、はよう陛下をお連れするんじゃ。何せ、勝利の場面にボーメン王がいなくては、折角の場面も締まらんからのう」
「え、ちょっとお待ちを、オニール殿!」
クルト卿は慌てるが、
おいおい、学長、クルト卿の感情を操ったのか?
緊急時とは言え、結構無茶苦茶やるよこの老人。
「ハンス君、後は頼むよ。わしらは、エーストライヒ公を討つ。流石に、プトヴァイスの防衛にまで手は回らんでのう。じゃが、仮に占領されても、すぐに取り戻せよう。ボーメン王が到着する頃までは、まだ戦いも続いていようしな」
ボーメン王の到着までは、一日あるはずだ。
つまり、
クリングヴァル先生とイシュバラの戦いも簡単に決まってないわけだから、あながち外れた読みではない。
「兵はわしが抑えるでの。アラナンには、ふたつの任務を申し渡しておくぞ」
「ふたつ、ですか?」
「うむ。ひとつは、センガンを討ち果たすか、無理でも抑えておくことじゃ。そして、いまひとつは、アローンの杖の破壊」
「破壊って──神器なんですよね? 壊せるんですか?」
「神器を壊せるのは、神器だけじゃよ。アラナンは、斬ることに特化した神器を持っておるじゃろ。アローンの杖を壊すとしたら、可能性があるのはフラガラッハだけじゃな」
え、つまり、センガンを抑えながら、イフターバ・アティードの隙を窺ってフラガラッハでアローンの杖を斬れ、と言うことかな。
結構難易度高い気がするんだけれど。
「我らが進めば、イフターバ・アティードは夜明けを待たずにアローンの杖を使う。そうじゃな、陣の奥深く、もう引き返せないところで虚空との接続を絶たれる。アラナンがアローンの杖を壊せなければ、わしらはそこで討ち死にじゃ。楽しかろう?」
「──お人が悪いですよ、学長」
今回は、神器の破壊か。
普通に斬っただけじゃ、駄目だろうな。
そう何度も好機があるとも思えないし、一撃で決めないと。
あー、何か緊張してきたな。
「頼んだよ、アラナン君。君ならできると、わたしは確信している。いつも、わたしたちの目の前で、困難な障害を乗り越えてきた君じゃないか」
ハンスが、肩を叩いてくる。
その手には、力が籠っていた。
はっとして、ハンスを見る。
付いていけないことを、あのハンスが何とも思わないはずがない。
表立って反論はしないが、その右手からは彼の無念が感じ取れた。
「──そうだね。帰ったら、またいつか、フラテルニアの
「ふふっ、懐かしいな。アロイスの料理はいつも絶品だった」
ハンスがフラテルニアに来れる機会など、そうあるとも思えない。
だが、ぼくもハンスも無粋なことは言わなかった。
ぼくらが共有した時間は短かったが、あのとき確かにぼくらは同じ時間をともに過ごしたのだ。
その思い出があればこそ、次の再会が楽しみになると言うものだろう。
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