第二十五章 無音の暗殺者 -8-

 アルマニャックの人間は、見栄っ張りで格好を付ける。

 だが、それは外見だけの格好付けではない。

 我々は、中身こそ格好を付けなければならない。


 マリーの叱咤は、ベルナール先輩に届いたらしい。

 あの後先輩は階段を昇って自室に戻っていったが、翌朝には落ち着いていた。


 うん、やっぱり昨日は夜に起きていたよ。

 ま、食事したらそのまままた寝たけれどね。

 お陰で、翌朝には普通に動けるようにはなっていた。


 早朝のクリングヴァル先生の訓練は、見学だけに留めることにした。

 今日は出発すると言うんで、先生もあまりきつくはしていない。

 魔力再循環リサーキュレイション魔力圧縮コンプレッションをおさらいさせているだけだ。


 こうやってみると、現状基礎魔法ベーシックを一番習熟しているのは、やはりノートゥーン伯とジリオーラ先輩、そしてティナリウェン先輩か。


 マリーとトリアー先輩がその次くらいで、驚くべきことにヴォルフガングがその次くらいに巧い。

 あいつは、本当に上達が速いな。

 黒騎士シュヴァルツリッターが目をかけるのもわかる気がする。


「暇そうだな、アラナン。軽く手合わせしてみるか?」


 ぼくの隣で、わけのわからないことを言っているおっさんがいる。


「おい、ウルクパルの絶技を見たんだろ。どんな型かやってみせろよ」

「今日は見学だけだって言いましたよね!?」

「軽くだよ、軽く。ちょっと見せてくれればいいからさ」


 この先生は本当にもう!

 昨日から覇王虎掌ケーニヒスティーガーに興味津々だったに違いない。


「もう……仕方ないっすねえ。原理はそう複雑じゃないですよ」


 前提として、単打で決めるものではなく、連続技である。

 その意味では、飛竜リントブルムの絶技、竜爪破邪ドラヒェン・ツェーエンナーグルを参考にしていると言ってもいいかもしれない。

 だが、竜爪破邪ドラヒェン・ツェーエンナーグルが右の竜爪掌ドラゴンネイルから右の尖火シャープフレイムへと繋がるのに対し、覇王虎掌ケーニヒスティーガーは右の虎形掌タイガーパルムから左の虎形掌タイガーパルムに繋げる。

 右の虎形掌タイガーパルムは防御を蹴散らすための牽制で、実の拳は左の虎形掌タイガーパルムだ。

 右で防御を外に掻き出した後、その勢いで腰を回転させ、左足を強く踏み込んで左の虎形掌タイガーパルムを撃つ。

 そのとき、右腕は左腕と一直線になるくらい後ろに回してしまうのだ。


「言ってしまえば、これだけの技です。ただ、ウルクパルはこれを必殺の域にまで高めてましたからね。防御を壊す動作を螺旋で繋いで二打目の破壊力を高めるやり方は、円環の拳の技法なんでしょうね」

「──ふん、面白い技だな。アラナン、お前もこれを練習してみろ。円環の拳も盗んでいるんだろう?」

「盗んでって人聞きの悪い……ちょっとですよ、ちょっと」

「構わねえから、ものにしてみろ。そうすりゃ、ウルクパルも本望だろう」


 あれ、先生はウルクパルの拳が絶えることを残念に思っていたのだろうか。

 確かに、あれほどの技法を途絶えさせるには惜しい。

 アセナの拳を更に発展させ、飛竜リントブルムを超える可能性も見えるだろう。


「だが、アセナの拳の鍛練も疎かにはさせないぞ。お前の技の練度はまだまだ甘いからなあ。動きにも無駄が多いし」

「好きにしてください」


 このまま此処にいると、手合わせを続行しそうな勢いだな。

 とっとと逃げて他の人の練習を見に行こう。


 おや、ノートゥーン伯は、アセナの拳の練習も始めているのか。

 アセナの拳はクリングヴァル先生みたいに槍とは相性がよさそうだけれど、剣とはどうだろう。

 まあ、ぼくも剣は使っているし、応用できなくはないけれどね。

 基本の雷衝サンダーショックだけでも練度を上げれば人を殺せるしな。

 ふん、動きが騎士っぽいね、やっぱり。

 力の伝え方が巧く行ってない。


 ティナリウェン先輩は、流石に他の人より魔力圧縮コンプレッションの習熟が早い。

 身体強化ブーストが、フェストで推薦を貰えるレベルまで上がっている。

 神聖術セイクリッド抜きでは、ぼくも苦戦する強さがある。


 トリアー先輩は……。

 何でストリンドベリ先生と力比べをしているんだろう。

 いくらトリアー先輩がパワーがあっても、ストリンドベリ先生の熊並みの力には敵わない。

 ああ──負荷をかけて魔力圧縮コンプレッションを強化しようとしているのか。

 脳筋は考えることが怖いな。


 ベルナール先輩も、魔力再循環リサーキュレイションを地道に訓練している。

 これを習熟しないと、魔力圧縮コンプレッションは巧くいかないからね。

 本当はベルナール先輩には、魔力圧縮コンプレッションで少ない魔力で威力の高い属性魔法を撃ってほしいところなんだが。


 ん、アンヴァルは何しているんだ?

 一頭の馬を前にして大きくいなないているが。


「部下を一頭帰すんで、訓示をしているですよ! アンヴァルは偉いですからね! 部下のいないアラナンと違って!」


 別にぼくと比べなくても宜しい。

 ほら、頬っぺたを伸ばすぞ。


「いひゃい、いひゃいですう。本当に馬を虐待する悪い使徒ですよ! アンヴァルが真面目に仕事をしているのに……」

「悪かったよ。それで、何で──」


 ああ、そうか。

 何で帰すのか聞こうとして、途中でわかってしまった。

 これは、カサンドラ先輩の乗馬だ。

 だから、フラテルニアに帰すのか。


「もっとも、すぐに戻ってきやがりますよ。補充の生徒は、もう決まっているそうですから」

「え?」


 補充?

 高等科生は、全員来ていたはずだ。

 すると、学院は中等科生を更に増やすつもりなのか?


「いまの中等科生第二位は、イザベル・ギーガーの小娘なんですよ。だから、当然次に来るのはそいつになります。元々ヘルヴェティアの軍人でいやがりますからね」

「イザベルが!?」


 小鬼オルクと戦うのがやっとだったイザベルが来て、果たしてみなに付いていけるのだろうか。

 不安でしかない。

 学院は何を考えているのか。

 更に戦死者を増やすつもりなんだろうか。


「イザベル・ギーガーは、自分で志願したらしいぞ、アラナン」


 会話を聞き付けたか、ノートゥーン伯が隣にやってきた。


「アンヴァルが言った通り、彼女は軍人だ。優秀な軍人となるべく、学院に入ったのだ。この騎馬隊が創設されたとき、選に漏れたのをひどく残念がっていたらしい。訓練に付いてこれないとか、心配するのは彼女に失礼ってものだよ、アラナン」


 そう言うけれどね、ノートゥーン伯。

 イザベルは一応ぼくの弟子の一人なのだよ。

 カサンドラ先輩のような目に遭わせたくはないじゃないか。


「死なせたくなければ、お前が彼女を強くしろ、アラナン。クリングヴァル先生だって、全員を鍛えねばならない。わたしや他の高等科生は、自分を鍛えるのに精一杯だ。やれるのは、お前だけだよ」

「どっかで聞いたような台詞だぜちくしょう。ああ、わかったよ。イザベルが来たらぼくが鍛えまくって、絶対死なせないようにしてやるよ!」

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