第二十四章 イ・ラプセルの騎馬隊 -8-

 密やかに狼が駆け寄ってくる。

 アンヴァルの鼻が不快そうに鳴らされたが、駆ける速度は落とさない。


「主様、連中後ろは気にしてはありんせん」

「そりゃ、自分たちに追い付いてくる部隊があるなんて思ってないだろうからね」


 マジャガリーの騎馬隊は、飛竜騎兵隊シャールカーニアを除けば最速の軍団。

 それが連中の自負のはず。


 追い付かれることがないなら、移動中に後方を警戒する必要はない。

 傲慢な考え方だな。


「クリングヴァル先生、誰から行きましょうか」

「あー」


 面倒臭そうに頭を掻いた先生は、おもむろに馬を止めるとぼくにも止まれと合図をした。


「おい、尻尾シュヴァンツ。おれの馬も連れて帰れよ」

「鍛練ばかはとっとと行きやがれです。アンヴァルはお前なんかに付き合ってられないです」


 乗馬をアンヴァルに託すと、クリングヴァル先生の魔力がいきなり膨れ上がった。

 先生ほどの魔力隠蔽コンシールメントをもってしても、抑えきれない。

 竜化ドラへン・フェアヴァルトムンク

 漆黒の竜が、巨大な姿を現していた。


「じゃあ、先に行っているぜ」


 一撃目は、派手に決めるつもりのようだ。

 巨体が滑空しながら離陸する。

 風を巻き起こして飛び上がる先生を見送ると、アンヴァルと視線が合う。

 もたもたするなと言いたげだな。

 だが、待ってほしい。

 流石のぼくだって、古竜エンシェントドラゴンを見たのは初めてなんだ。

 飛竜ワイヴァーンとは格が違うその佇まい。

 あれを見たら、いかにぼくだって一瞬息が止まる。

 ちょっとくらい心の態勢を整えさせてくれたっていいじゃないか。


 そんな愚にもつかないことを考えていたが、大気が震えるような咆哮で正気に返る。

 おっと、まずい。

 出遅れてしまう。

 太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーを発動すると、光の尾をなびかせながら黒き竜の後を追った。


 蒼穹に駆け上がると、真っ先にクリングヴァル先生の漆黒の鱗が視界に飛び込んでくる。

 黒竜は大きく口を開け、獰猛そうな牙を剥き出しにしていた。

 いきなり上空に現れた黒竜に、さしものマジャガリーの騎馬隊も列を乱している。

 咆哮で硬直し、馬に振り落とされている兵もいるようだな。


「挨拶代わりだ」


 クリングヴァル先生がにやっと笑った気がした。

 同時に、先生の口から放射状に猛烈な炎が放たれる。

 高熱の炎を浴びた騎馬は、瞬時に黒焦げになり崩れ落ちていく。

 うお、あれはハーフェズの魔法より高温じゃないだろうか。


 中央部を焼き払われたマジャガリーの騎馬隊は、恐慌状態に陥った。

 それでも崩壊しないのは、指揮官たるケルテース・ラースローの力量か。

 散開した弓騎兵たちが、反撃の矢すら放ち始めていた。

 思ったより、クリングヴァル先生の一撃が脅威を与えていないのか。


 む、散開した一部の騎兵を牽制するかのように、ノートゥーン伯たちが動いている。

 あれにあまり注目させるわけにもいかない。

 そろそろ行くか。


 光る翼を煌めかせながら、上空から爆炎をばらまく。

 聖爆炎ウアサル・ティーナは使い勝手のいい魔術エレメンタルだが、古竜の火焔ドラゴンブレスほど高熱ではない。

 一瞬で人を黒焦げにする火力はないが、爆発の衝撃で直撃でなくても吹き飛ばせるのが大きい。

 もう一つ、轟音が生じるので、相手に心理的圧迫を与えることもできる。


 高速で飛翔し、数十騎を吹き飛ばしていると、流石にこっちにも目を付けられるか。

 散発的に矢が飛んでくるが、全てぼくの通り過ぎた後だ。

 常時トップスピードはもたないから、鳥より速いくらいの速度に落としているが、それでも囲まれない限り矢は何とかなりそうだ。


 槍騎兵は地上戦しかできないし、さほど警戒する必要はない。

 そう思っていたが、盾を魔力で強化して爆風を防いでいる連中がいる。

 意外と、身体強化ブーストのレベルが高いな。

 聖爆炎ウアサル・ティーナでの損害を、最小限にとどめていやがる。

 これだと初めの混乱から立ち直ると、厄介なことになりそうだな。


 事実、ラースロー軍は行軍隊形から散開し、先生の竜炎やぼくの爆炎に多数が巻き込まれないようにしている。

 駆け回りながら放つ矢の大半はクリングヴァル先生に向けられているが、古竜エンシェントドラゴンの鱗を貫くほどの威力ではないようだ。

 それでも小回りが利かない巨体が嫌になったか、先生は一際大きな炎を吐くと、光を発して人の姿へと変わった。

 神聖術セイクリッドを解いたわけではない。

 竜の力を、自分の体内に押し込めたのだ。

 竜の姿ではあれだけ発散していた魔力も、人の姿だと綺麗に魔力隠蔽コンシールメントしている。

 それだけに、はたから見ると魔力が尽きて人間に戻ったように見えるんじゃないかな。


「人間の姿になったぞ!」

殺せメゴール! 殺せメゴール!」


 地面に降り立ったクリングヴァル先生に、槍騎兵が殺到する。

 空にいれば手が出せないものを、わざわざ敵の戦法に付き合うなんて相変わらず先生は戦闘狂だ。

 どうせ、空から炎を吐いているだけじゃ詰まらなかったんだろう。

 エスカモトゥール先生は、きっと絶対地面に降りるなと釘を刺していただろうに、初めから聞き流していたんだろうな。


 突進する騎馬が繰り出した馬上槍ランスを、クリングヴァル先生は一歩の踏み込みで受け止めた。

 頭がおかしいな、あの人は。

 騎兵突撃とかどれだけの重量と衝撃力があると思っているのだろう。

 何でかわそうとせずに受け止めるのか。

 普通、力があっても弾き飛ばされるのが落ちだと思うんだが。

 踏み込みと突きの威力で相殺したのか?

 出鱈目にもほどがある。


「お前らじゃ、遊び相手にもならねえよ。ケルテース・ラースローを出せ。少しは楽しめるんだろ」


 次の瞬間、馬ごと騎士が吹き飛んでいた。

 掴んだ槍を奪い取って、無造作に振っただけだ。

 アセナの拳を使ったわけではなく、単純な膂力だろう。

 どれだけ竜の力で底上げされているのか。

 あのアセナ・センガンにも劣らない圧倒的な力を感じるな。


「おい、アラナン! どうやら、おれにお客さんだ。下は任せるぞ!」


 十数騎を蹴散らし、突撃の第一波を退けた先生がきっと上空を見上げた。

 おっと、そう言えば、大きな魔力が五つ接近してきている。

 しかも、かなりの速度だ。

 これは、当然飛竜騎兵隊シャールカーニアだろう。

 ケルテース・ラースローめ、自分が対応できないと読んで即座に飛竜騎兵隊シャールカーニアを呼ぶとは嫌らしいな。


「お前がファルカシュ・ヴァラージュか?」


 魔力で宙に飛び上がった先生は、先頭を飛ぶ白い飛竜ワイヴァーンを駆る騎士に問いかける。


「そうとも。おれさまがブラシュラヴァの白き狼フェイヘル・コラール、ヴァラージュさまだ!」


 ファルカシュ・ヴァラージュは、小柄なクィリムのデヴレト・ギレイやクリングヴァル先生と異なり、セイレイスのターヒル・ジャリール・ルーカーンに匹敵する逞しい体を持つ戦士である。

 だが──。

 どうも、マジャガリーで一番の騎士は、性格がクリングヴァル先生に似ている気がした。

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