第二十章 リンドス島攻防戦 -3-

 リンドス島から西に飛び、まずクレパティア島を上空から観察する。

 セイレイスの戦闘用ガレー船は約四十隻、兵員輸送用の帆船は百隻を数えたという。

 海戦で多少沈んだとしても、損害はジュデッカよち軽微なはずだ。

 クレパティア島沖では、ガレー船が一隻、帆船が五隻発見できた。

 輸送帆船の兵員輸送量は一隻につき二百人くらいだから、千人ほどが上陸している計算になる。

 それでは、十数人の治安維持部隊しか持たないクレパティア島では、対処のしようもないだろう。

 ティロス島、ニギア島と見ていっても、ほぼ同じ状況だ。

 セイレイス艦隊の主力は、こちらには来ていない。


 小一時間ほどでニギア島まで偵察し、その後南下してカルパトス島を目指す。

 ジュデッカ艦隊を警戒しているなら、主力はこっちに来ていても不思議はない。

 予想通り、カルパトス島の自由都市ピカディアの沖には、三十隻以上のガレー船と、八十隻以上の輸送帆船が集結していた。

 上空から観察すると、やはり千人ほどの兵が上陸し、すでに街を制圧しているようだ。


 各島に当面千人ほどの兵を駐留させるつもりなら、リンドス島に来る兵は一万五千ほどになるだろうか。

 制圧が完了している以上、すぐにリンドス島に転舵する可能性がある。


(成る程、分散して各島を制圧したか)


 念話で報告すると、それを聞いたノートゥーン伯は少し間を置いた後に続けた。


(分散した三島、クレパティア、ティロス、ニギアに派遣された船を潰してから帰ってこれるか?)


 おっと、偵察任務だけじゃなく、追加で任務がきたか。

 えーと、各島戦闘用ガレー船一隻ずつだ。

 それさえ潰せば、戦闘能力のない輸送帆船を沈めるのは雑作もない。

 うん、やってやれないことはなさそうだ。


(問題ありません。では、沈めてから戻ります)

(頼む。できるだけ船は減らしたい)


 太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーでの長距離での移動は、流石に瞬間的な速度よりは遅くなる。

 それでも、鷹の飛ぶ速度よりも遥かに速い。

 カルパトス島からクレパティア島に戻るのに、十分とかからなかった。


 さて、まずは眼下の沖に停泊しているガレー船から沈めるかな。

 聖爆炎ウアサル・ティーナで炎上させるのも手だが、此処は別な手で行くか。


 取り出したのは、神の槍ゲイアサル。

 これを、海中から船腹にぶつけ、浸水させるのが確実だろう。


 ゲイアサルを海中に投下すると、白い航跡を残しつつ槍は高速でガレー船に突き進んだ。

 そのまま一直線に進んだ航跡は、見事船の横腹に突き刺さり、衝撃で大穴をぶち開ける。

 そこで止まらせず直進させ、船内を荒らしつつ反対側の船腹から海中にゲイアサルを脱出させた。


 ガレー船では、大騒ぎが起こっていた。

 いきなりの攻撃に、訳がわかっていないようだな。

 三段櫂のガレー船の場合、乗員は漕ぎ手を含めて二百人程度だ。

 それが、大慌てで海に飛び込んでいく。

 浸水で船が沈むのがわかったのであろう。


 近くにいた輸送帆船が異常事態に気付き、動き出そうとしている。

 だが、ちょっと遅かったな。

 上空から聖爆炎ウアサル・ティーナを帆船に投下すると、マストが吹き飛び甲板が炎上し始める。

 同時にゲイアサルに船底を食い破らせれば、帆船もすぐに沈み始めた。


 その要領で全部沈めるのに、五分とかからなかった。

 もちろん、完全に沈みきったわけではなく、炎上しつつ沈降途中であるということだが、もはや沈没を防ぐことはできまい。


 中には小船で海上に逃れた兵もいたが、それは沈めなくてもいいだろう。

 それより、あとふたつ島は残っているのだ。


 ティロス、ニギアも同様に簡単に全ての船を沈めることができた。

 奇襲でガレー船を沈めてしまえば、もう戦闘力はないので輸送帆船は料理し放題なのだ。

 乗員は島に泳ぎ着いてほとんど生き残るとは思うが、ほとんどが兵ではなく船員や漕ぎ手なので特に殺す必要もないだろう。


 とりあえず、ガレー船が三隻と輸送帆船が十五隻。

 一人でそれだけ沈めれば、十分な戦果と言えるんじゃないかな!


 リンドス島に帰還したぼくに、ノートゥーン伯は一緒にマティス将軍のところに来てくれと言ってきた。

 状況の報告は、また聞きより実際に見た者の方がいいと言うのだ。

 リヒャルト・マティス将軍は、ベールで一度見かけたことがある。

 評議会議員でもある将軍は、ツェーリンゲン家からの誣告のときにベールにやってきてきた。

 勇名とは裏腹に物腰の柔らかい人だったな。


「やあ、ばたばたしていてね。お見苦しいところを申し訳ない」


 丘の上に立てられたマティス将軍の天幕の中は、紙の書類で散乱していた。


「どうも整理は苦手でね。それより、大魔導師ウォーロックの秘蔵っ子が二人揃ってどうしたんだい」

「アラナンを敵艦隊の偵察に行かせました。詳細は、彼からお聞き下さい」

「海上の敵艦隊を捕捉できるのかね? だとしたら驚くべきことだが──まあ、いい。話を聞こう」

「は。ノートゥーン伯の命令で北の三島と西の二島の偵察に行ってきました。敵艦隊主力は現在カルパトス島のピカディア沖に集結。およそガレー船三十数隻、輸送帆船が八十隻ほどはいました。ピカディアには千人ほどの兵が上陸。完全に制圧された模様です。カルパトス島の西のカソス島も兵が上陸し、制圧。以下、北の三島にもそれぞれガレー船一隻、輸送帆船五隻が派遣され制圧されていました。その際、分散していた敵艦をノートゥーン伯の命令で攻撃。北に派遣されたガレー船三隻、輸送帆船十五隻を撃沈せしめました。カルパトス島の制圧が完了している以上、敵艦隊は恐らく本日中に移動を開始し、明日にはリンドス島に現れると思われます。報告は以上です」

「君一人でかね?」


 マティス将軍は、目を丸くして驚いていた。


「敵艦を十八隻も沈めたというのかね? いやはや、恐ろしい少年だな。そんなことができる者を、わたしは聞いたことがない」

「わたしもありません、マティス将軍。しかし、アラナンはあのフェストの優勝者ですから」

「そういや、そうだったな。見かけに騙されて、ついつい忘れてしまうよ。黒騎士シュヴァルツリッターと引き分けた男が、只者であるはずがないんだ」


 まだ信じられないのか、マティス将軍は首を振っている。

 そこに、ノートゥーン伯が畳み込むように続けた。


「これで、わたしたちの上陸時の先制攻撃にご賛同頂けましょうな。アラナンなら、必ず敵船団を叩いてくれます。簡単には上陸させません」

「うーん、いや、半信半疑だったが、それだけ有効ならやってみるのも悪くないだろう。だが、無理はしないことだ。何と言っても、君たちはまだ学生だからね」


 何だ、ノートゥーン伯め、水際作戦の許可をまだ貰ってなかったのか。

 自分の作戦の有効性を証明するために、ぼくを利用したな。

 ちらりとノートゥーン伯を見ると、口の端を上げて片目をつぶってくる。

 ちえっ、やられたぜ。

 こういうしたたかさは、ハンスにはないものだ。

 ポルスカでの経験をちゃんと生かしてきているな。


「セイレイスの軍団は統率が取れているし、容易く潰走しない。自我の強い騎士たちが率いるヴィッテンベルクやアルマニャックの兵とは違う。できるだけ減らしてくれると有り難いね」

「微力を尽くしますよ」


 所詮、一人がやることなど、多寡が知れている。

 あまり、過度に期待を寄せられても、責任は持てなかった。

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