第二十章 リンドス島攻防戦 -2-

 リンドス島の北東の海域で、ジュデッカのノストゥルム艦隊とセイレイス帝国の新型艦隊が激突したのは、それから三日後のことであった。


 足の速いノストゥルム艦隊の優勢を誰もが疑っていなかったが、帝国の艦隊は大砲の火力にものを言わせ、ジュデッカのガレー船の半数近くを沈めたらしい。

 犠牲を多く出したノストゥルム艦隊はカンディア島に退き、制海権はセイレイス帝国に奪われた。


 帝国は付近の小島の制圧を優先したらしく、まだリンドス島には上陸していない。

 だが、制圧が完了すれば、遠からずこの島にもやってくるはずだ。


 リンドス島騎士団総長ギュスターヴ・ド・ヴァレットの麾下には、五百人の騎士と三千の兵がいる。

 元々、黒石カアバ教との聖戦を担う最前線の軍であり、兵の練度は高く、優秀であった。

 そこに、二千のヘルヴェティア傭兵が援軍として加わったのだ。

 そう簡単に負ける陣容ではない。

 ヴァレット総長とマティス将軍との軍議でも、城にこもれば数万の敵に対抗できると言われている。


 だが、問題は敵がどれだけでも兵を送ってこれるということだ。

 制海権を失ったいま、輸送船を止める手段がない。


 セイレイスの皇帝スルタンは、ヤヴズという名だという。

 アルビオンの言葉で冷酷ルースレスという意味だ。

 僅かな年月でセイレイス帝国の領土を拡張させた軍人皇帝であり、勇猛果敢な将帥と軍団を抱えている。

 フルヴェート王国を滅ぼしたターヒル・ジャリール・ルーカーンはその筆頭だ。

 今回の遠征にターヒルは加わっておらず、皇帝の下で指揮を執るのは大宰相ザドラザムルスラン・イスマイール・ハサンである。

 それだけ、セイレイス帝国は本気なのだろう。


「集まってくれ」


 マティス将軍のところから戻ってきたノートゥーン伯が、相変わらず魔力圧縮コンプレッションの訓練をしているぼくたちを集めた。


「ノストゥルム艦隊についての情報はあるねんな?」


 ジリオーラ先輩の顔色は悪かった。

 やはり、身内のことは心配なのであろう。


「ブラマンテ提督は健在だ。艦隊はカンディア島に後退したようで、その後の動向はわからん」

「ほな、あのアホは無事やったんか。ほんま心配させよってからに」


 愁眉を開き、ジリオーラ先輩は安堵の息を吐いた。

 暗い雰囲気で参加するより、その方がいいな。


「知っての通り、ジュデッカ海軍が敗退し、セイレイスの兵がやってくる。敵の艦隊は分散し、北と西のカルパトス島やクレパティア島の制圧にかかっているようだ。恐らく、リンドス騎士団の勢力下にあるニキア、ティロス、クレパティア、そしてジュデッカ共和国の支配するカルパトス、カソスの各小島を全て制圧するつもりだろう。これらの島にはまともな兵は置いていないので、大して時間はかかるまい。二、三日後には、艦隊はリンドス島に戻ってくる」

「ケメトの皇帝スルタンもフルヴェートの王も滅ぼした冷酷帝ヤヴズだ。ルウム教会が最も恐れる男を相手に、何ができよう」


 ぼくたちの中で、最も戦士と呼ぶに相応しい青衣の民ケル・タマシェクのティナリウェン先輩が、重い口調で言った。


「戦う前から、相手を恐れちゃあいけねえぜ、イシュマール」


 無精髭を撫でながら、クリングヴァル先生が口を歪めた。


「勝つための算段は、エリオットが考えてくれる。お前たちは考えないで、その通りに動け。さあ、言ってくれ、エリオット。その方策とやらを」

「──では、聞いてくれ」


 幾分気勢を削がれたようだが、ノートゥーン伯は挫けずに話を続けた。


「リンドス騎士団の兵は、リンドスの城に籠城する。だが、城内だけに兵がいては勝てん。マティス将軍はこの西の丘に陣取り、城内と連携して動く。わたしたちもそこに組み込まれる」

「あたしたちは城外かい。ま、気を使わなくていい分さっぱりするさね」


 トリアー先輩は野外の方が性に合っているようだ。


「だが、相手は大軍だ。包囲されたら、水の手も絶たれることになるのではないか?」


 意外と冷静な意見を言ったのは、ベルナール先輩だ。

 根は有能なんだな、この人も。


「イリヤ・マカロワにありったけ持たせればいいだろう。彼女の魔法の袋マジックバッグは、わたしたちのものとは性能が桁違いだ」


 確かに、あれだけの小麦粉も楽に収容できたしなあ。

 水でも食糧でも問題ないだろう。


「イリヤはマルグリットとジリオーラと一緒にその作業にかかってくれ。残りの人間には、別の作戦がある」

「別な作戦?」


 ちょっと嫌な予感がして、思わず聞き返した。

 ノートゥーン伯は頷くと、リンドスの北にある湾を指で示した。


「敵の上陸地点は、あそこになるだろう。艦隊戦での勝利に驕り、大兵を恃んで上陸時は警戒が薄いはずだ。そこを突いて、アラナンとオーギュストの爆炎魔法で奇襲をかける。目的は敵の出鼻を挫くことだが、何隻か船を沈めて兵力を損耗させられればなおよし、だ」

「遠距離からといっても、百ヤード(約九十メートル)くらいが精々ですよ、ノートゥーン伯。矢の方が届きます」

「だから、アラナンは単独で上空から仕掛けろ。オーギュストには、他の者が護衛に付く」


 ぼくだけ特別扱いか。

 有り難いね!

 嫌な予感って当たるもんだよ、本当に。


「わかりました。皇帝スルタンの船でも沈めて、精々慌てさせてやりますよ」

「ちょっと、アラナンだけ一人でって、そんなの大丈夫なの?」


 だが、そこでマリーが不安そうに異を唱えた。


「相手は大軍勢なんでしょ。幾らアラナンだって、そんなの危険すぎるわ」

「アラナンの速度で上空から攻撃されれば、対処できる艦艇は存在しないよ。大丈夫、保証する」

「──せやな。うちらも対艦戦闘は想定していても、空からの攻撃は想定しとらへんねん。矢や鉄砲を撃つくらいしかでけへんやろね」

「散発的に撃たれる射撃には、アラナンは捕まらない。流れ弾くらいは魔力障壁マジックバリアが弾く。心配するな」


 確かにその通りだし、今では太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーの持続時間も伸びたし体の負荷も少なくなった。

 問題はないけれど、だからといって怖くないわけではない。

 万を超す軍団など、ぼくは見たこともないのだ。


 だが、それでもこの奇襲は必要なんだろう。

 大軍にそのまま上陸されて、城も丘も包囲されたらもう詰みも同然だ。

 そうならないように、こちらから積極的に仕掛けていくしかないのだ。


 しかし、こんなときにハーフェズがいればな。

 あいつなら、ぼく以上に派手に敵艦を炎上させてくれただろうに。


「わたしたちは、何処に潜み、どうやって敵艦に近付くか現地の地形の視察に行く。アラナンは特に必要ないだろうから、敵艦隊の動向でも偵察してきてくれ」


 おお、また特別任務か。

 確かに、高速で空を飛べる存在なんてぼくくらいだからなあ。

 適材適所なんだろうけれど、何かぼくだけ過重労働じゃないですか、これ!

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