第十六章 雷鳴の傭兵団 -10-

「くそっ!」


 ヴィシラン騎士団や雷鳴の傭兵団グジモートが引き上げていく。

 連中も、クラカウを空けておくのが不安なのであろう。

 引き上げは早かった。


「仕方なかろう。アラナンがやったら派手になる。こういうときは、イリヤに任せる方が確実だ」

「そりゃ、どうせぼくは派手にやらかし──イリヤに?」


 ノートゥーン伯の言葉に違和感を覚える。

 ファリニシュに何を任せたのだろう。


「よく見ろ。マゾフシェ公はまだ死んではいない。ぎりぎりでイリヤが助けている。あの女騎士もな」


 そう言われて人気のなくなった戦場を見れば、確かにファリニシュが狼の姿で再生レジェネレイションを使っている。

 瀕死ではあろうが、一命はとりとめたというところだろうか。


 そこに、マゾフシェ公の遺体を探しに来たか、ゴプラン部族の兵が十数人戻ってきた。

 飛竜騎兵シャールカーニアの炎に灼かれたか、みな真っ黒に汚れている。


 狼の姿を見て遺体を食われているのかと思ったか、武器を抜いて斬りかかったが、身軽にかわしたファリニシュはそのまま夕闇の中に消えていった。

 マゾフシェ公女騎士を助け起こした兵たちは、二人が生きていることを知って狂喜し、慌てて使いを走らせている。


「公の軍は敗れたが、これでヴィシラン騎士団も東の備えを手薄にするはずだ。まだ、終わったわけではない」


 ノートゥーン伯はそう言うが、あの状態ではマゾフシェ公の戦線復帰は一ヶ月は掛かりそうだ。

 その間に、カトヴィッツの戦線が敗退したらどうするのか。


 ヘルヴェティアの方針はヴァイスブルク家とは対立しているが、完全に敵対しようとはしていない。

 ルウム教会とのスタンスも似たようなところがある。

 だから、このポルスカ王国の一件でも過度の干渉はしていない。

 だが、本当にそれでいいのか。

 ポルスカ王国の力というのは、決して小さなものではない。

 すでに、ヴァイスブルク家は、スパーニア王国、マヴァガリー王国の力を背景としている。

 これにポルスカ王国まで加わったら、帝国の中でヴァイスブルク家に逆らえる勢力はなくなるんじゃないか?


 いまは、帝国の中に幾つかの勢力が分立している状況だ。

 だが、帝国が全てヴァイスブルク家の旗の下でまとまったとき、果たして小さなヘルヴェティアの力などで対抗できるのだろうか。

 それを考えれば、いまヤドヴィカを軸とした親ヴァイスブルク王朝を誕生させないために、全力を尽くさねばならないと思うんだが。


「──シュヴァルツェンベルク伯のことです。飛竜騎兵シャールカーニアが来た以上、マヴァガリーの騎馬隊も北上してきている可能性も高い。プルーセン騎士団を中核としたカトヴィッツ攻囲軍が負ければ、国王派はほぼ終わりです。此処は、ぼくらがある程度介入してでも国王派を勝たせた方がいいんじゃないですか?」

「学長は、最悪国王派が敗れることも視野に入れておられる。そのために、マゾフシェ公を助けたのだ。まだ、ヴァイスブルク家と全面対立する時機ではないのだよ」


 学長やノートゥーン伯には、まだぼくには見えない何かが見えているのだろうか。

 ぼく一人でいれば、飛竜騎兵シャールカーニアが出てきた時点で迎撃に出ていたかもしれない。

 中級迷宮をクリアしたときに手に入れた武器を試す好機でもある。

 五騎くらい、倒すのは雑作もないだろう。


 だが、それでヴァイスブルク家とヘルヴェティアが決定的に対立する結果になったとき、責任を取れるかと言われたら取りようがなかった。

 綱渡りのように外交をしている人たちもいるのだ。

 ヘルヴェティアの内部にだって、親ヴァイスブルクの人間だっているくらいだ。


 冷静に考えれば、ノートゥーン伯の言っていることはわかる。

 それでもと思うのは、ぼくがあのヴァイスブルクの公子を危険視しているからであろうか。


「そろそろ行くぞ。これで、カトヴィッツにも動きが出る」


 ノートゥーン伯は、冷静にリーダーシップを取っている。

 ぼくではこうはいかない。

 その場の状況で、突っ走ってしまうことがあるだろう。


 駆けながらも考え続けていたため、ずっと無言でいた。

 マリーやジリオーラ先輩は心配していたようだが、どうしても考えてしまうのだ。

 そんな風に思索に耽っていたせいか、火縄の臭いに気付くのが一瞬遅れた。

 轟音とともに飛来した弾丸を、アンヴァルが急加速してかわしてくれる。

 弾は、ぼくの後頭部をかすめて過ぎ去った。


「アラナン!」


 後ろを走っていたマリーが悲鳴を上げる。

 ぼくは瞬時に神の眼スール・デ・ディアを発動し、狙撃してきた人間を捉えた。

 二十ヤード(約十八メートル)ほど離れた木の上に、男が一人潜んでいる。


「あいつだ!」


 撃たれたのも腹立たしかったが、警戒を緩めていた自分に腹が立って馬首を巡らす。


「待て、素性を確認しろ!」


 ノートゥーン伯の声が飛ぶ。

 殺すなってことか?

 仕方ないな。

 相手が一人なら、捕縛くらい容易いことだ。


 魔力の糸マジックストリングを伸ばし、相手の四肢を束縛しようとする。

 だが、狙撃手は意外と身軽な動作でかわし、木の下に飛び降りてきた。

 軽やかに着地した男は、意外と若い。

 ぼくらとそう変わらない年齢か。


「へーえ、気が抜けているように見えていたけれど、ボクとやる気なんだ」


 癖のある黒髪で、顔立ちもあまり彫りが深くない。

 ここら辺の人間ではないな。

 何の目的でぼくを狙ったのか。

 此処はきっちりと喋ってもらおうか!


 アンヴァルから飛び降りると、楢の木の棍を取り出す。

 殺すなというなら、この程度の武器でやるしかない。


「アセナの拳を継ぐと聞いたけれど、棍を使うのかい? 割りといい加減なじい様なんだな」


 けらけらと笑いながら、そいつは半身の構えを取った。

 途端にのし掛かる圧力。

 この少年の構えは、クリングヴァル先生と同じだ。

 つまり、飛竜リントブルムの拳。


「まさか──闇黒の聖典カラ・インジールか」

「キミたちの仲間はベールで大分一族の人間を殺してくれたみたいだからねえ。仕返しくらいしようかと思ってさ。こっちに来ていると聞いたからね」


 こいつの拳の練度がどの程度かはわからないが、まとう魔力はかなりのものだ。

 マリーやジリオーラ先輩では、荷が重いかもしれない。

 少なくとも、フェストに出場してくる連中と同程度の雰囲気を持っている。


「危ないから、近付いちゃ駄目だ!」


 馬を駆ってくる三人を制止し、ぼくは棍を相手の目線に向けて構える。


「お前はギデオン・コーヘンより上なのか?」

「ギデオン・コーヘン? ああ、依り代に使われた獣人かい? 勘弁してくれよ。ボクらは高貴な血を受けているんだ。あんな半端者と一緒にしないでくれ」


 顔をしかめて手を振った少年は、そのまま傲岸に自分の名を名乗った。


「ボクの名は、アセナ・センガン。キミには悪いが、アセナの拳の正統はボクの方だ。キミみたいな亜流の拳は──」


 そして、少年は無邪気に微笑んだ。


「此処で叩き潰すよ」

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