第十四章 ユトリベルクの中級迷宮 -2-

 扉の横にある認証機に旅券をかざすと、ゆっくりと扉が横に開いていく。

 初級迷宮とは、また違った入り方なんだな。


 さて、初級迷宮と違い、この中級迷宮は五層しかない。

 だが、一層ごとの広さは段違いで、ハーフェズたちもまだ一層を突破できてないという。

 罠や仕掛けも豊富で、油断のできない構造だそうだ。


 神の眼スール・デ・ディアが使えれば、罠なんて問題にもならないんだが、学院の試験なんで当然魔法ソーサリーしか使えない。

 ま、そこのところは、魔法の糸マジックストリングを常時出し続けることで何とかなるだろう。


 初級迷宮に潜った頃とは、ぼくの基本的な力が大幅に向上している。

 正直、魔物が出てきても恐れる必要はないだろう。

 

 地下一階に出てくる魔物は、食人鬼オーグルだとマリーが言っていた。

 タフな連中が多いので、集団で出てくるとハーフェズでも手に余るらしい。

 何回かファリニシュの手伝いが入っているそうで、油断のできる相手ではないが、不思議と恐怖は感じない。


 ま、単体なら危険度黄色ゲルプ程度の魔物だ。

 大鬼オルク・ハイより体がでかく、パワーとタフネスはあるが、スピードでぼくに追い付けるはずがない。


 通路の先から接近してくる気配が二体あった。

 鍛え上げられた魔力や気配の感知能力が、視認する前から容易に敵の存在を明らかにする。


 この程度の数なら、魔法ソーサリーを使うまでもない。


 ざんばらの長髪に剥き出しの牙。

 唸り声を上げて棍棒を振りかぶる食人鬼オーグルの懐に入り込むと、右手の竜爪掌ドラゴンネイルを心臓に叩き込む。

 右手を掴んで倒れる食人鬼オーグルを捌くと、もう一歩踏み込んで左肘の尖火シャープフレイムを別の食人鬼オーグルの心臓に抉り込み、それで戦闘は終了した。


 口から血を吐き出して倒れる二体の食人鬼オーグルが、光となって消えていく。

 いまのぼくなら、こいつら程度小鬼オルクを相手にするようなものだ。


 飛竜リントブルムの域まで至ると、どんな相手でも手を触れただけで倒すと言われている。

 中には、触れなくても倒すという話もあるくらいだ。

 実際そんな技は見たことないが、あり得ると思わせてしまうのが凄いよね。


 さて、中級迷宮からは、物理的な罠だけではなく、魔法的な罠も出てくるという。

 典型なのが、魔法陣マジックスクエアトラップだ。

 ダンバーさんがフェストで使っていたみたいに、何もない床に見えて、踏むといきなり魔法陣が発動する仕掛けになっている。

 魔法感知ディテクションで発見できるから引っ掛かることはないんだけれど、感知のレベルが低いと大変なことになる。


 でも、これ解除するのに、魔法陣魔法の知識がいるんだよな。

 ハーフェズなら得意だろうけれど、ぼくにはその知識はない。

 一応、出てきた罠をチェックしながら、どんな形の魔法陣がどんな効果をもたらすかを記憶するようにしている。

 初級迷宮のときに、その迷宮で何を学ばせようとしているかを理解しなければならないと学習したのだ。

 初級迷宮では、基礎魔法ベーシックだった。

 中級迷宮は、魔法陣魔法マジックスクエアだ。


 魔力で魔法陣を構築するのはぼくでもできるが、歪みなく描く丁寧さや速度が重要視される。

 思い出しながら、五分も掛かって描いているようじゃ使い物にならない。


 ハーフェズも十分構築は素早いが、ダンバーさんは本当に一瞬だからな。


 それにしても、広い。

 初級迷宮のときも思ったが、地図を作るのが面倒すぎる。

 魔力で魔法陣を描けるなら、魔力で地図も描けるんじゃないかと思ったが、慣れてないとミミズがのたくったような絵にしかならない。

 これも才能と練習が必要なんだろうなあ。


 時々、広い部屋で十体以上の食人鬼オーグルが出てくることがある。

 危険度黄色ゲルプでも、十体もいれば赤色ロート並みの兇悪さになる。

 だが、落ち着いて相手の動きを読み、攻撃の内に入り込んで一撃を加えれば、それだけで倒せる。

 囲まれる前に素早く倒していけば、それほど問題はなかった。


 とはいえ、これは一日では回りきれない。

 仕方なく、比較的安全そうな小部屋を選ぶと、軽食を摂る。

 そして、壁にもたれかかるようにして座って目を閉じた。

 敵の気配が近付いてきたら起きる自信はあるが、こんなところで寝ても気が休まらない。

 と思っていたが、割りと平気に睡眠に入ることができた。

 思ったより、自分は図太いようだ。

 そういや、エアル島の森でのサバイバルでも似たような状況で平気で寝ていたっけ。


 爽快な目覚めとはいかないが、数時間眠れば多少はすっきりする。

 体が強張っているので、多少ほぐしてから朝食を食べる。


 自作の地図を見てみるが、全体のうちのどれくらいを踏破してきたのか、想像も付かなかった。

 二、三日でボス部屋に着ければ、幸運だと言えるんじゃないか。


 それにしても黒騎士シュヴァルツリッターとの試合で思い知ったが、ぼくの技にはまだ何処かに初動を見破られる隙がある。

 クリングヴァル先生にもわかるらしいが、自分ではさっぱりわからない。

 これは、やはりまだ自分が彼らの域に至ってないということなのだろう。

 神聖術セイクリッド魔術エレメンタルで誤魔化しているが、単純な武術だけで見るとまだ及ばない。


 こういう魔物相手だと、そこまでの技はいらないんだよな。

 威力と速度さえあれば、一撃で仕留めるのは容易だ。

 対人戦のが奥が深い。


 二日目の昼近くに、変わった魔法陣を発見した。

 初めて見るタイプだ。

 今までも、とりあえず効果の確認をするために魔法の糸マジックストリングで発動だけさせていたが、何か嫌な予感がする。

 それでも、学習のためだ。

 警戒はしつつ、ちょっと離れて魔法の糸マジックストリングで触る。


 すると、三方の扉が開き、大量の食人鬼オーグルが雪崩れ込んできた。

 モンスタートラップか。

 しかし、直前まで魔物の気配はなかった。

 どういう仕組みか興味がそそられるな。


 さて、ざっと見て三十体以上の食人鬼オーグルがいる。

 雄叫びを上げながら突っ込んでくるよ。

 負けるとは思わないが、ちょっと面倒だ。

 一発、聖爆炎ウアサル・ティーナを放り込む。

 タフな食人鬼オーグルであるが、聖爆炎ウアサル・ティーナの火力は魔力障壁マジックバリアのない魔物に防げるほどやわではない。


 轟音と爆風ととともに、三分の一程度の食人鬼オーグルが吹き飛び、光の粒子に変わる。

 気勢を削いだが、それでも数をたのんだ食人鬼オーグルの突進は止められない。

 ハーフェズやマリーが手こずったのは、こういう罠があるからかな。

 だが、所詮は黄色ゲルプの魔物だぞ。


 力押しが、いまのぼくに通用すると思うな!

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