第十三章 皇帝を護る剣 -6-

 連合評議院の最上階は、豪華な宿泊所になっている。


 各自由都市からやってくる評議員を泊めるための施設であるが、こういうときは賓客も泊めたりする。

 ちなみに、エーストライヒ公一行は市長宅に宿泊し、グウィネズ大公一行は豪商の家に泊まっている。

 メディオラ公などは、市井の宿の方が落ち着くらしく、普通の宿を利用しているそうだ。


 だが、流石にヴィッテンベルク皇帝を粗末な宿舎に泊めるわけにもいかない。

 親ヴァイスブルク家のフロリアン・メルダースといえど、その程度の外交儀礼は心得ていた。


 評議院の外は、学院の教師や冒険者で固められている。

 何をしに来たんだという目で見られながら、取次に案内を頼む。

 流石に人数の多さに目を丸くしていたが、相手がザルツギッター家とローゼンツォレルン家の貴公子であることを思い出したか、丁重に案内してくれた。


 アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラーは、小さな一室で待っていた。

 こちらの人数を聞いたか、小さな円卓には急遽椅子が追加されたようで、黒騎士シュヴァルツリッターの座る椅子以外に円卓に臨んで三脚、その外側に三脚あった。


 調度は華美すぎない趣味のよいもので、フロリアン・メルダースはこういう感覚は優れているのかもしれない。


 そして、意外なことに、レナス帝領伯はこの部屋の雰囲気によく合っていた。

 軍人だけに、無駄な飾りがない方が映えるのであろうか。


 元々、レナス帝領伯という爵位は、ロタール公に対する皇帝の監視役である。

 ロタール公領というのは、昔は今のフランデルン伯領のあたりまで広がっていて、帝国でも有数の大貴族であった。

 それが代を重ねるごとに分裂していったのだが、年を経てシャルトワ家がロタール公の爵位を有すると、帝国を裏切ってアルマニャック王国になびいたのだ。

 監視対象が帝国を離脱してしまったので、レナス帝領伯の役目はなくなった。

 だが、選帝侯の一員でもある由緒ある爵位を潰すことはできず、皇帝の側近役として宮中に重きを置くように変化したのである。


「久しぶりだな、ハンス君にアルフレート君、カレル君。最後に会ったのは、君たちが陛下に学院留学の挨拶に来たときだから──もう一年は経ったのかな」


 当然、帝国の推薦で学院に来ている三人は、黒騎士シュヴァルツリッターと面識はあった。

 だから、円卓に臨む席にはその三人が座り、ぼくやハーフェズ、サツキマイは後ろに座る。


「一瞥以来です、レナス帝領伯。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。本来なら、すぐ陛下に挨拶に伺わねばならなかったのですが──」

「なに、陛下もそれほど体調が芳しくない。謁見が多いのも煩わしいのでな。ちょうどよかった」


 本来なら機密に属しそうな際どい内容を、さらりと言ってくるな。

 まあ、本当に危なそうなら、とても口にできないだろう。

 逆に口にできるだけまだ危険ではないのだ。


「昼間の準決勝は感服致しました。本当に飛竜リントブルムに匹敵するのではないかという強さ。今回対戦が見られないのが残念です」

「ハンス君も予選に出ていたね」

「は──力及ばず、メディオラ公に敗れましたが」

「いや、その若さにしては大したものだ。メディオラ公は実戦を積んだ一流の剣士だよ。簡単に勝てる相手ではない。まあ、今回は出場者が揃いすぎたな。例年なら、ハンス君でも本選出場できただろう。ザッセン辺境伯にも土産話ができただろうに」


 こうして間近で会ってみると、黒騎士シュヴァルツリッターは、穏やかなお爺さんといった雰囲気だな。

 自分の剣気を隠す術にも長けているのか。

 初めて見たときは、抜き身の刃を突き付けられている気がしたが、今はそんな気配はない。


「アルフレート君は予選には出なかったようだね。才能はハンス君にも負けてないと思うが、伸び悩んでいるのかな?」

「──学内予選でノートゥーン伯に瞬殺されまして……ちょっと自信喪失気味です。何をすればいいのか──できれば、レナス帝領伯の師事を仰ぎたいくらいです」

「ほう、わしは若い才能を伸ばすのは嫌いではないよ。ブライスガウ伯のご子息を預かったこともあったけれど、彼は性格に難があってね。最近不祥事を起こして廃嫡されたと聞いたが」


 ああ、そいつ冒険者で日銭稼いでますよ。

 そういや、黒騎士シュヴァルツリッターに剣を教わったとか言っていたような?

 まあ、ユルゲン・コンラートの腕では、黒騎士シュヴァルツリッターの弟子を名乗るのはちょっとおこがましい気はするけれどね。


「学院を卒業した後、その気があればレツェブエルに来るがいい。アルフレート君ほどの才能があれば、少なくともメディオラ公くらいには強くなれるさ」

「わたしも!」


 鼻息を荒くして、ハンスが身を乗り出した。


「わたしも強くなれるでしょうか。わたしの望みは、次代の黒騎士シュヴァルツリッターとなり、皇帝の剣となることなのです」

「ははは、若者はそれくらいでなくちゃいけない。なに、ハンス君なら可能性はある。君たち二人は、帝国の次代を担う柱だからな。シュヴァルツェンベルク伯などに、負けてくれるなよ」


 ボーメンの赤い悪魔ルディダーベルは、ヴァイスブルク家の武の象徴だ。

 本選の一回戦で、実力者の風の侯姫ヴィント・フュルスティンを破っているしな。

 あれと競わされるんだ。

 ハンスとアルフレートも大変だよね。


 結局、二人は学院卒業後にレツェブエルに行くことを約束していた。

 黒騎士シュヴァルツリッターも、有力貴族の有望な子弟を鍛えることに異存はないようだ。

 カレルはちょっと寂しそうにしていたが、彼の才能は直接的な戦闘にはないからな。

 プラーガで色々な事業を起こしてくれると期待している。


「ところで、アラナン・ドゥリスコルとハーフェズ・テペ・ヒッサールまで付いてきたのは、故あってのことではないのか?」


 話が落ち着いたところで、レナス帝領伯がこちらに話を振ってきた。

 まあ、ぼくには話はないから、此処はハーフェズに譲る。

 ハーフェズはカレルと席を替わると、何から話そうかと暫し悩んでいるようであった。

 自信家のハーフェズにしては珍しいな。


「レナス帝領伯は、わたしをご存じか」

「無論、知っている。フェストの本選に出場し、二回戦でコンスタンツェ・オルシーニに敗れていただろう。だが、そんなことは大した情報ではない。ハーフェズ・テペ・ヒッサール。イスタフル帝国が、恐れ忌む禁断の皇子。鬼子である、と噂には聞いていたよ」


 イスタフル帝国の皇子。

 不思議と、そう言われても違和感はなかった。

 ハーフェズの尊大さは明らかに人に命令しなれたものであったし、ただの王族にしては持っている力が大きかった。

 大体、わざわざダンバーさんが執事をしているのも変だ。

 だが、それもハーフェズが皇子だというなら、納得もできる。


「イスタフルの黒石教カアバ指導者ラフバルにしてみれば、太陽神ミトラの加護を持つ皇子など危険分子にしかならぬのでな。留学は体のいい厄介払いだ。だが、わたしは、自分の国を黒石教カアバの坊主どもに荒らされて、そのままにしておくほどお人好しではない。──っと、しかし、今日はそのことを話に来たのではないのだ、レナス帝領伯」

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