第十三章 皇帝を護る剣 -7-
「ほう」
アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラーの目が細められる。
ハーフェズの話の意図が予想できないのだろう。
イスタフル帝国に帰還する支援を要請するとでも思っていたのだろうか。
間にセイレイス帝国という巨大な壁が立ち塞がっているのに、そんな真似はしないだろう。
「しからば、
警戒をしている。
その態度は、同国人であるハンスやアルフレートに見せていたものとは違う。
視線には、厳しいものが混じっていた。
「実は、卿のお持ちの
急に部屋の中の温度が下がった気がした。
いや、これは
僅かに漏れた怒りの気配が、ぼくの胆を冷やすほどの鋭さを持っている。
そうか、お前もこの殺気の恐ろしさがわかるんだな。
「断る」
明瞭な否定の言葉。
短く、一切の説明もないだけに、覆すすべもない。
そんな拒絶の意志が込められている。
「まあ、そう言うだろうとは思っていた。卿のその刀への傾倒は有名だからな。だが、とりあえず話だけでも聞いてくれ」
いきなり
こいつの剛胆さは、筋金入りだ。
「その
ハーフェズは大袈裟な身振りを交えながら熱弁を振るった。
心臓を掴まれた気がしていたので、ほっとするよ。
「同情はするが、刀を譲る気はない」
レナス帝領伯の主張は変わらない。
当然だろうな。
クリングヴァル先生との準決勝でも、
剣士ならば、あれは手離せまい。
「どうしてもかな」
「──くどい。それとも、これはドゥリスコルの明日の決勝に向けた策略か?」
ちょっと!
そっちに考えが行っちゃうのか。
確かに、決勝戦で
準決勝で学院の先生が負けちゃったし、学院の生徒が結託して決勝戦に勝つために工作している?
そう思われるんだったら、付いてこない方がよかったかなあ。
「アラナンは、そんな小細工しなくても貴卿に勝つ。邪推は格を下げるぞ」
「ほう──師が敗れてなおそう思うのか?」
「当然だ。アラナンは、わたしが初めて認めた男だからな。誰が相手だろうと、負けはしない」
ハーフェズさん、ちょっと話が逸れてきてないですかね?
きな臭い雰囲気を感じたので、話に割って入ろうかと思ったがすでに遅かった。
アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラーから、決定的な爆弾が落とされる。
「──面白い。コンスタンツェ・オルシーニ程度に苦戦したドゥリスコルが、
「わかった。そのときは、如何ようにもしてくれ。ハーフェズ・テペ・ヒッサール、この
おい、格好はいいけれど、勝手に変な約束するなよ!
勝つ算段とか、今回全くないぞ!
「それでいいのか、ドゥリスコル。今なら、まだ止めてやってもいいぞ。ハンス君にアルフレート君、カレル君も、友人の一生が台無しになってもいいのかね」
「──わ、わたしは……」
ハンスが迷って言い淀んだとき、アルフレートは邪気のない声で言い放った。
「正直、レナス帝領伯の方が、アラナンさんより強いと思っています。それでも、アラナンさんは負けないと思っている自分もいるんですよ、不思議なことに」
直感的な判断力は抜群なアルフレートの言葉に、
「それは楽しみなことだな。準決勝の技を見る限り、ドゥリスコルは未だ師には及んでいない。明日までにその差をどう埋めるのか、期待してもいいのかな」
「だ、大丈夫ですよ、何たって、アラナンですから! いつだってこいつは、強い相手をぶっ倒してきたんですよ。なあ?」
カレルが追い詰めてくれるな。
確かに、今まではそうだった。
だが、それは勝算あってのことだ。
勝てないと思って戦ったことはない。
ぼくが一歩を踏み出してきたのは、決して勇気からではない。
自分の実力を信じていたからだ。
だが、クリングヴァル先生をも倒す
「下を向くな、アラナン。貴様には翼があるじゃないか」
後ろも見ずに、ハーフェズが囁いてきた。
こいつは後ろに座っているぼくの状況が見えているのか?
越えたと思っても、相変わらず油断のできないやつだ。
才能に溺れず、本気で鍛練すれば、誰より強くなるんじゃないか?
「どんなに頂が高かろうと、飛んで越えてみせろ。貴様ならできると、わたしは信じているからな」
こっちを見もしないで言いやがって。
ちくしょう、ハーフェズのやつ、格好よすぎじゃないか!
ああ、ハンスは心配そうに見ているな。
当然、ハンスは此処で冷静に判断してハーフェズの煽りをやめさせるんだろう。
だが、ぼくはそこまで大人じゃない。
今までも何度も愚かな行為はしてきたが、今回だって同じだ。
でも──。
でもな!
此処で応えなきゃ、男じゃないじゃないか。
「
「ほう──だが、ドゥリスコル。お前の
「練度はぼくの方が劣ってますがね」
ちょっと勿体を付けて、後を続ける。
「でも、ぼくは奇跡ってやつを起こせるんですよ」
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