第十一章 闇黒の聖典 -6-
再生を果たしたコーヘンは、ぶるっと身を震わせる。
その肉体の筋量は一段階増加し、胸板も厚みを増した。
両の拳に纏う魔力も、輝きを強めている。
「出鱈目な生命力だな」
思わず嘆息する。
わかってはいたけれど、
「この程度でおれをやれると思うなよ、アラナン・ドゥリスコル」
ギデオン・コーヘンが細かく体を揺らし始めた。
前傾し、両の拳を口に当てるようにして体の守りを固めている。
この拳を当てさえすれば勝てる。
コーヘンは、そう思っているに違いない。
摺り足で近付くコーヘンを見て、その気になれば一生追い付かせないことも可能だろうなと思う。
だが、
やはり、想定通り近接攻撃で決着を付けるしかない。
「
集まった魔力は、それほど多くはない。
コーヘンの不死性は問題だが、魔力量や武技はそれほど脅威ではない。
ちょっとこれは想定外かな。
上体を振って接近してくるコーヘンに対し、こちらは上体を動かさずに距離を詰める。
距離が接近していることを悟られないよう眩惑する手法のひとつだ。
単純なコーヘンが引っ掛かり、頭を振っている間にこちらの打撃距離に入る。
さて、単純な打撃でこいつを倒すのは無理だろう。
まずは、体内に魔力を徹すことからやってみようか。
「
体の正面を守っているコーヘンの両腕の間に右手の手刀を割り込ませ、反動で振り上げた左手の連続手刀で完全に崩す。
がら空きの喉に右の貫手を突き入れ、左足の踏み込みとともに左の貫手を心臓に捩じ込む。
血飛沫がこっちまで飛んでくるが、構わず両手の魔力に火の属性を付与し、体内から焼き尽くしてみた。
焦げた臭いが周囲に漂うが、致死判定は出ない。
まさかと思うが、血だらけの両手を引き抜くと、もう傷口の古い皮膚が剥がれ落ち、新しい皮膚が生え替わってきている。
喉を潰し、心臓を焼いても復活するとか、魔物でもありえないだろう。
「ふん──今度はこっちの番だ!」
コーヘンが左足を踏み込み、左の鉤突きで右脇腹を狙ってくる。
だが、あの速度では当たらない。
右の肝臓に鉄球をぶつけられたような衝撃を覚え、思わず一歩下がった。
捌いたつもりの左拳が、ぼくの脇腹に突き刺さっている。
いや、そもそも何で弾けなかったんだ?
腰をくの字に折りながら、とりとめもない思考がぐるぐると回る。
と、更に踏み込んでくる左足が目に入り、咄嗟に顔を僅かに右にずらす。
低い位置から突き上げるような右の昇打が襲ってくるが、皮一枚でかわし、逆に上から左手の掌で顔を押さえ付けた。
「ふんっ!」
魔力を込めてそのまま叩き付ける。
そのとき、押し返すような魔力を感じ、微かに目を見開いた。
地面に転がったコーヘンは、器用に後転するとその反動で飛び上がりように立ち上がる。
「──ふむ。瞬間的な
コーヘンの肉体が、黒い毛で覆われ始めている。
その分、体が大きくなり、チュニックの紐が音を立てて弾け飛んでいた。
ぼくが左鉤突きの速度を見誤った理由はこれか。
「だが、最後の頭に感じた違和感──レオンさんとの試合でもあったな。ギデオン・コーヘン、お前誰かの支配を受けながら戦っているな」
「ふん、おれの拳を受けた割には平気そうな顔をしてやがるな。だが、まだまだ全力じゃないぞ!」
コーヘンの動きが素早く、力強くなる。
だが、そうと知れれば怖くはない。
もう一回
とりあえず、やつの不死性の秘密と謎の魔力に対する方策は、昨日考えたあれを試してみるのがいいだろう。
コーヘンの戦闘スタイルは、拳闘が基本のようだ。
能力的にはそう警戒するほどではなく、ただ面倒くさいだけだ。
だが、その程度のやつをわざわざ刺客に仕立て上げて送り込んでくるはずがない。
何か、奥の手があるはずだ。
一番いいのは、やつが全力を出す前に仕留めてしまうことだ。
だが、ダンバーさんと
どちらかと次で当たるのだ。
できれば、
コーヘンが、頭を振って近づいてくる。
一貫して、彼は頭への攻撃だけは警戒している。
レオンさんの
防御は堅いが、攻略するべき場所はそこなんだろう。
摺り足で近付いてきたコーヘンが、間合いぎりぎりから一気に踏み込んできた。
距離を測る軽い左。
それを、前に出した右の
軽く入れただけだが、
目的は、ダメージよりこっちだ。
「なっ」
コーヘンが顔を押さえ、一歩下がる。
「魔力を吸いとっただと?」
「これが、
初めて、コーヘンの前進に迷いが生じる。
どんな攻撃を受けても、自分の不死性に自信を持っていれば怖くはない。
だが、その無敵に疑問を抱いてしまったら。
出足の速度も鈍らざるを得ない。
足の止まったコーヘンに、こっちから踏み込む。
左右の
触れられるのを警戒しているのか。
だが、頭は動いていても、べた足のコーヘンは胴体が動いていない。
両腕でしっかり守ってはいるが、
遠慮なく、防御の上から
「ぐわああああ!」
窮地に追い込まれたコーヘンは、怒声を上げた。
雰囲気が変わったことを感じ、ぼくは一度攻撃の手を止めて様子を見る。
「ふーっ、ふーっ、くくく、喜べ、アラナン・ドゥリスコル。お前は、おれの危機感を巧く刺激してくれた。お陰で、おれも真の形態を解放できそうだ」
コーヘンの口から牙が生え、顔が黒い毛で覆われていく。
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