第十一章 闇黒の聖典 -2-

 四つ目の集団が最後だった。

 後続は、ない。


 確かに二百体前後の小鬼オルクがいるな。

 だが、鎧などを着ているわけではなく、粗末な武器を携えているだけで危険度は低い。

 囲まれない限り大丈夫だろう。


 すでに、先行した第一の集団と、エリオット卿サー・エリオット率いる主力部隊は戦端を開いている頃だ。


 第四集団がムンディゲン村に入るのを待って、ハーフェズたちが攻撃を仕掛けるだろう。


 ぼくも、目標とする術者がいるか看破眼シャープアイで探る。

 うん、思ったより簡単に見つかった。

 丘巨人ベルグフォルクの隣にいる黒装束が、大きな魔力を持っている。

 こいつが術者と見て間違いないだろう。


 だが、危険度ロート級の丘巨人ベルグフォルクが厄介だな。

 黒装束と同時に相手取るのはきついかもしれない。

 どうするべきか。


 気配を殺しながら、岩山の上を伝って走る。

 身長十五フィート(約四メートル五十センチ)もある丘巨人ベルグフォルクが目印になっているから、そう見失いはしない。


 ぎゃおおおおおおんんん。


 上空に幾つも魔法陣マジックスクエアが展開し、巨大な竜の首が現れた。

 ハーフェズのやつ、始めたな。

 竜炎の真円トゥーぺ・アータシュ・エ・シャーマールからぶちかますかよ。

 本気だな、あいつも。


 十個の魔法陣マジックスクエアから放たれる竜の炎ドラゴンブレスに、小鬼オルクの第四集団は大恐慌に陥った。


 大半の小鬼オルクを失い、生き残った者も半狂乱になって逃げ去ろうとしている。


 空気が震えた。


 思わず、耳を塞ぐ。

 丘巨人ベルグフォルクの咆哮だ。

 気の弱い者なら、これだけで衝撃死しそうである。

 頭領の叱咤で、動転していた小鬼オルクたちは逃げ去るのをやめて戻ってきた。

 あれは、丘巨人ベルグフォルクが恐怖で統制しているのか。


 第四集団が半壊したことで、第三集団が足を止めた。

 後ろを警戒し、第四集団への援護に向かおうとする。

 そこに、ティナリウェン先輩の砂漠の魔風シムーンが襲い掛かった。

 殺傷力はないが、混乱させるにはうってつけだな。


 そこに、サーイェさんとティナリウェン先輩が突入した。

 身軽に駆け回りながら短剣で的確に急所を抉るサーイェさんと、魔力物質化マテリアリゼイションを駆使してまとめて数体を薙ぎ倒すティナリウェン先輩。

 任せても不安はなさそうだ。

 第三集団も、混乱状態に陥って身動き取れない。


 いまが好機か?


 だが、まだ丘巨人ベルグフォルクとその周囲に十五体くらい小鬼オルクがいる。

 単独で制圧もできなくはないが、黒装束を逃がすと厄介だな。


 ん?


 反対側から誰かが突っ込んでくる。

 エリオット卿サー・エリオットが、誰か増援を寄越したのか?

 ──いや、違う。

 あの魔力は、熊野郎じゃないか!

 アールバート・イグナーツめ、いいところで出てきやがるな!


 竜の火弾テューズ・シャールカーニーの轟音が響き、数体の小鬼オルクを焼き尽くしながら丘巨人ベルグフォルクにぶち当たる。

 だが、並外れて硬い丘巨人ベルグフォルクの皮膚は、イグナーツの切り札でも大したダメージにならない。

 それでも、気を惹いてくれただけでいいさ。

 まずは、大技をお見舞いしてやるか。


聖爆炎ウアサル・ティーナ!」


 周囲の魔力を遠慮なく集め、黒装束を中心に特大の爆炎を叩き込む。

 爆発の轟音と煙とともに、残った小鬼オルクは全て吹き飛んだ。

 だが、丘巨人ベルグフォルクと黒装束は残った。

 しかも、丘巨人ベルグフォルクは、黒焦げになった皮膚がすぐに再生し始めている。

 流石に危険度ロート級。

 厄介な相手だ。


「アラナン・ドゥリスコル!」


 黒装束がぼくを見て叫ぶ。


「それに、アールバート・イグナーツか。標的がそちらからやってくるとは、手間が省けていいというものよ。二人まとめて、丘巨人ベルグフォルクの餌食になれ!」


 ぼくらの倍以上もある身長の丘巨人ベルグフォルクが、唸りを上げて棍棒を叩き付ける。

 激しい衝撃と風が生じるが、イグナーツの竜鱗の防護壁スカーラ・シャールカーニーを抜くことはできず、不満そうに唸る。


「おい、アラナン。とっととそいつ始末して、こっちの加勢に来いや。流石に長くは持たないぜ」


 珍しくイグナーツが弱音を吐く。

 よし、すぐに行ってやろう──と言いたいところだが、この黒装束に隙がなかった。

 こいつの構え、何かクリングヴァル先生に似ているんだよな。


「どうした、アラナン・ドゥリスコル。この構えに臆したか。裏切り者のイリグの拳を少しばかり齧った程度で、このアセナの秘拳を極めたと思ったか」


 ──こいつ、飛竜リントブルムの同族か?

 元々、飛竜リントブルムは東国出身の雰囲気を持っている。

 だが、もうかなりの期間オニール学長と行動をともにしているはずだ。

 仮に出身が同じだとしても、交流があったとは限らない。


「──アセナの一族! アラナン、そいつは闇黒の聖典カラ・インジールだ! 聖典教団タナハの中でも、特に腕利きの暗殺集団だぞ、気を付けろ!」


 聖典教団タナハに付け狙われているだけあって、詳しいなイグナーツ。

 闇黒の聖典カラ・インジールね。

 言葉からするとテュルキュス語らしいが、やはりそこら辺の出身なのかな。


 黒装束の歩法は、爪先に重心を置いた実戦的なものだ。

 眩惑するように速度を変えつつ、低い姿勢から鋭い竜爪掌が顎を狙ってくる。


 左腕で外側に払い、腕を畳んでお返しの右肘を叩き込む。

 だが、そいつは体をぼくの左側に回転させて避け、後退して距離を取った。


「聞いていたよりも反応は悪くない。──スヴェン・クリングヴァルの仕込みか?」

「だから、どうした!」


 離れた敵に、追い縋るように魔法の糸マジックストリングで追撃する。

 八方から迫る糸を、しかし黒装束は全身から発した魔力で消し飛ばした。


 本当かよ、そんな防御法もあるんだな。


「アラナン! そいつらはタルタル人と近い連中だ! 魔物の使役方法も知っているし、魔力も高い! お前ら西方の人間の感覚で考えるな!」


 成る程、デヴレト・ギレイ並みの連中だと考えればいいのかな。


「くく……マジャガル人め、かつて我らの仇敵のアヴァルガを相手にしていただけあって詳しいな。だが、こちらに気を向ける余裕があるのかな?」


 黒装束がぱちんと指を鳴らす。

 すると丘巨人ベルグフォルクの体が身体強化ブーストで覆われていくじゃないか!


「この丘巨人ベルグフォルクは我らが育てた特製だ。その障壁もいつまで持つかな」

「アラナン!」


 切羽詰まった声でイグナーツが叫ぶ。

 魔力を帯びた棍棒が、イグナーツの竜鱗の防護壁スカーラ・シャールカーニーを叩き割ろうとしている。

 あれは、ちょっと長くは持ちそうにない。


「仕方ないな」


 聖騎士サンタ・カヴァリエーレ戦で使おうと思っていた取って置きを、此処で試してやろうじゃないか!

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