ルーの翼 ～アラナン戦記～

第九章 魔法武闘祭 －3－

「東から現れたるは、トライェクの黒鉄の雷鳴、鋼の銃弾を操る天才狙撃手、常に煙草を離さぬ真の愛煙家、魔弾の射手（フライシュッツ）、レオン・ファン・ロイスダール！」

　紹介の言葉が続く。

　第二試合は、レオンさんの登場だ。

　白い羽飾りのついた黒のつば広帽を目深に被り、左手に火縄銃（マスケット）、右手に火のついた煙草を持ちながら、隙のない足取りで出場口から現れる。

　前裾の短い黒のフロックコートに、白いトラウザーズと黒のブーツを合わせて決めているな。

　白銀級（ズィーバー）でも知名度の高いレオンさんは、観客からの人気も高かった。

　歓声に応えるでもなく、煙をふかしているだけで女性陣の声援が飛ぶ。

　賭け率はレオンさん一・一倍に対して、ギデオン・コーヘンは十二・七倍だ。賭けになっていない。

　普通に考えれば、これはレオンさんの勝ちだもんな。

　冒険者になりたてのおっさんが、白銀級（ズィーバー）に勝てるはずがない。

　でもなあ。

　それなら、ギデオン・コーヘンは予選で落ちているよな？

　まぐれで六回も勝ち抜けるほど、フェストの予選は甘くはないはずだ。

「アラナン、今回はレオンさんの楽勝よね」

　風の侯姫（ヴィント・フュルスティン）と並んで雑誌に載ることが多いレオンさんは、マリーのお気に入りの冒険者の一人だ。

「そう思いたいね」

　ギデオン・コーヘンの予選は見ていない。

　だって、こんな無名なやつ、注目もしてなかったもんな。

　どんな戦い方をするのか。よく見ておきたいところだ。

　レオンさんは、余り前に出ず、距離を取って佇んでいる。

　対してコーヘンは、ぎりぎりまで前進している。

　どうやら、遠距離対近距離の戦いになりそうだな。

「試合開始（シュピール・シュターテン）！」

　開始の合図でコーヘンが前進を開始する。

　身体強化（ブースト）のレベルは低いが、結構スピードはある。

　素の身体能力が高いのか？

　レオンさんは慌てず、煙草を咥えたまま右手を前に突き出す。

　右手の周囲に、六個の小さな魔法の矢（マジックアロー）が現れる。

　いや、あの形状は矢ではない。銃弾だ。

「魔法の拳銃（マギーリボルバー）！」

　拳の上の光弾（リヒトクーゲル）が、爆発音とともに撃ち出される。

　凄いな。魔法の矢（マジックアロー）とは、弾速が違う。

　予想外の速度にかわしきれず、コーヘンの胸から血飛沫が上がった。

　だが、致死判定は出ていない。

　魔弾（フライクーゲル） の名手レオンさんが、狙いを外すのはあり得ない。

　間違いなくあの弾は心臓に命中した。

　あの程度の魔力障壁（マジックバリア）では、紙も同然である。

　だが、コーヘンは平気な顔で接近し続ける。

　致死判定どころか、傷の痛みも感じていないのであろうか。

「化け物の類かよ」

　轟音が連続して鳴り響き、魔法の拳銃（マギーリボルバー）が撃ち出される。

　五つの光弾（リヒトクーゲル）が、眉間、人中、喉、心臓、丹田を矢継ぎ早に射抜く。

　だが、止まらない。

　コーヘンの接近に異様さを感じ、レオンさんも身体強化（ブースト）を使い大きく距離を取る。

　しかし、異常だ。

　光弾（リヒトクーゲル）は、銃を使った魔弾（フライクーゲル）より威力では劣るだろう。

　だが、それでも魔力障壁（マジックバリア）をぶち抜いて急所に当たっているのだ。

　本来なら、致死判定が出て試合終了である。

「あんなん人間ちゃうやんか、なあ、アラナン」

　ジリオーラ先輩の声には、恐怖の色が混ざっていた。

　無理もない。

　ぼくだって怖いよ。

　コーヘンは顔面血だらけになっているが、すでに傷は治りかけていた。

　なんていう回復力だ。

　オニール学長の再生（レジェネレーション）並みに傷が癒えている。

「ギデオン・コーヘン……聞き慣れない響きの名前だけれど」

「聖典の民（ミズラヒム）に見られる名でござんす。もっとも、ギルドにあるコーヘンの履歴には、聖典の民（ミズラヒム）の跡はなさんした」

「なるほど、目は付けているんだね」

　ギデオン・コーヘンが、聖典教団（タナハ）の刺客である可能性はゼロではない。

　だが、ぼくを襲撃するのにフェストに出場するというには、余り効率的なやり方とは思えない。

　組み合わせが悪ければ、当たる前にどちらかが消えてしまうし、会場の致命傷無効化結界を貫いて相手を殺すのは不可能だ。

　ギルドはそれを見越して泳がせているのだろうか。

　ギルドに登録するときに過去の情報は読み取るから、軽犯罪以上の履歴はなかったということであろうが……。

　そうこういううちに、試合が動いた。

　ギデオン・コーヘンは、拳から上腕部にかけて、硬い革紐を包帯のように巻き付けていた。

　あれは──セスタス。

　拳を保護するための武器だ。

　あいつの得意技は、接近しての拳打。

　だが、身体強化（ブースト）を使って距離を取るレオンさんを追う足はない。

　そう、思っていた。

　いきなり、コーヘンが空に向けて大きく吠えた。

　同時に、チュニックの下の下半身が、いきなり膨れ上がったように見えた。

　にやりと獰猛に歯を剥き出すと、コーヘンは地を蹴ってレオンさんに迫った。

　速い。

　今までとは比べ物にならない。

　レオンさんが左手の銃を持ち上げ、瞬時に魔弾（フライクーゲル）を撃つ。

　弾は再びコーヘンの眉間に当たったが、彼はそのまま踏み込んでレオンさんを殴り飛ばした。

　咄嗟に左手で防御をしたものの、その一撃でレオンさんの腕の骨が折れる。

　恐ろしい力だ。

「人間じゃねえ、魔物……いや、魔人か？」

　コーヘンの歯は、犬歯が牙のように鋭く大きかった。

　殴られた衝撃で吹き飛ばされたレオンさんは、折られた左手から火縄銃（マスケット）も手放してしまい、無手となる。

「危ない！」

　マリーの悲鳴。

　コーヘンが嵩（かさ）にかかって飛び込んでくる。

　レオンさんは、再び右手をかざした。

「高負荷弾（ハイス・ラーデン）！」

　右手の回りに、また六個の光弾（リヒトクーゲル）が生じる。

　だが、前回の白い光弾（リヒトクーゲル）に比べると、今度の光弾（リヒトクーゲル）は青かった。

　おっと。看破眼（シャープアイ）で視たぼくにはわかる。

　あれは、魔力圧縮（コンプレッション）弾だ。

　かなり難しいことを、さらりとやってのける。

　流石にレオンさんの魔法の技倆は高い！

「これでも食らえ（ヴィライヒト・エトヴァス・クライネレス）！」

　レオンさんの切り札が、轟音とともに連続で発射される。

　並みの人間なら、一撃で頭に大きな穴が開きかねない高負荷弾（ホットロード）。

　眉間の急所に向けて、それが六発全て吸い込まれていく。

「がああああ！」

　コーヘンが吠えた。

　彼は僅かに頭を動かすと、額で高負荷弾（ホットロード）を受ける。

　その瞬間、コーヘンの額に濃密な魔力の高まりを感じた。

　あれは──コーヘンの魔力ではない？

　衝撃でコーヘンの首が後ろに吹き飛ぶ。

　だが、足はしっかりと残っている。

　踏みとどまったコーヘンは、牙を剥き出しにして顔を歪めた。

　いまのは、彼にしても危なかったのか。

「いてえな（シュメルツェン）……お返しをくれてやるよ（ラーヘ・ディッヒ）！」

　ぐんと速度を上げたコーヘンが踏み込む。

　レオンさんは受けるしかない。

　右手に魔力障壁（マジックバリア）を集中させて一撃を受ける。

　だが、重い拳に防御の腕を跳ね上げられた。

「終わりだ（ダス・エンデ）」

　返しの左拳が、レオンさんの顎を撃ち抜いた。

　咥（くわ）えた煙草と、黒いつば広帽子が宙を舞う。

　その瞬間、致死判定が第二試合の終了を告げたのである。