第八章 ベールに忍び寄る影 -4-
「イリヤ、マリー、援護を。アルは左を、ぼくは右をやる!」
叫ぶと同時に小さく二、三歩刻み、一気に
先頭にいた男を
だが、意外とこいつらの
不敵そうに笑う黒衣の男たち。
舐めるなよ。
近接戦闘で
同時に上下に突き出される二本の剣。
連携はいい。
回避する先を限定し、そこに三人目で必殺を取るつもりだろう。
だが、そんな手には乗らない。
爪先立ちのまま回転すると、棍で突きを弾き返す。
大きく態勢を崩した一番背の低い男に腰を落として踏み込み、伸び上がるように
そこに、後方の
だが、ぼくはあえてそれを無視し、回転からの
ぼくに向かっていた
焦ったか、三人目の黒衣は大振りになった。
ぼくはするりと懐に入り込むと、左肘を心臓に突き立てる。
男は、糸の切れた凧のように崩れ落ちた。
こっちに向かってきたのは半分の五人。
うち、三人はぼくが倒した。
二人は、アルフレートとマリーが相手をしている。
残る五人のうち、一人はファリニシュが凍らせ、一人はイグナーツが黒焦げにしていた。
不利を悟ったか、三人は身を翻して遁走に移る。
同時に、アルフレートの前にいた二人も逃げようとした。
だが、一人はマリーが
真面目な話、マリーさん暗殺者になるつもりですか、その戦闘スタイル。
「大丈夫か、ハンス!」
ハンスは地面に片膝を突き、青い顔をしていた。
衣服のあちこちが破れ、血が滲んでいる。
深い傷はなさそうだが、時間が経ったので出血量が増えたのだろうか。
「だ、大丈夫さ、掠り傷だよ。この勇敢な熊に助けられた。彼がいなかったら、危なかったよ」
そりゃ、イグナーツの
「ほい、ちょっとどくんじゃ、アラナン」
後ろから声を掛けられ、思わず振り返る。
意外と素早く御大のお出ましだった!
ファリニシュが連絡しといたんだろうが、
慌てて場所を開けると、オニール学長はハンスの傷の様子を見て、
「この程度の傷なら、明日の朝には綺麗になっとるわい。いいかわし方をするのう、ハンス君。大事な部分はちゃんと避けておる」
ほっ。よかったよ、ハンスに異常がなくて。
「しかし、まさかハンス君を狙うとはのう。アラナンと親しい人物に狙いを絞ったのかの」
「しかし、此処はヘルヴェティアの首都ベールですよ。本当なら、あんな連中が潜り込んでいること自体おかしくないですか」
憤慨して問うと、学長はちょっと困った顔をした。
「この人混みでは、怪しい者がいても判別しきれぬよ。それに、此処はニーデ教会の裏。それも決して無関係ではあるまいよ」
フラテルニアにはすでにないルウム教の教会が、ベールにはまだ残っている。
評議会の一員であるクウェラ大司教の力で、このニーデ教会だけは牙城として残されたのだ。
ぼくたちにしてみれば、そこもまた敵地。
だが、ルウム教と
「ルウム教会は、
そういやファリニシュがいないな。
連中の後を追ったのか?
「イリヤの追跡を振り切れる人間はおらぬからの。さて、これでよし。イグナーツ君もご苦労じゃったの。その着ぐるみはもう彼奴らに知られたから、別の手立てを考えよう」
「──これを着なくて済むのは清々するぜ」
腹立たしそうに着ぐるみを脱ぎ捨てたイグナーツは、まだ夜は寒いのに汗だくだった。
彼が汗を拭いながら薄いシャツをはだけて風を入れていると、マリーがようやく気付いた。
「あれ、貴方イグナーツじゃない。どうしたのその格好」
「──ギルドの依頼で
やや無愛想だが、イグナーツはマリーには負い目があるのかちゃんと答えていた。
あのときのぼくの一発でわだかまりはもうないらしく、マリーも特に文句を言う様子はない。
「ふーん、でも有難うね。貴方がハンスを助けてくれたんでしょう?」
「──
ハンスが目を付けられたのは、
やはり、連中はフェストで何かをやるつもりなのだ。
その帰り道、ニーデック橋を渡り、ニーデ通りに入ったところでハンスが女の子の悲鳴を聞いた。
思わず悲鳴のした小路に飛び込んだら、それが完全な罠だったらしい。
女の子もいなく、黒衣に囲まれ、結界を張られた。
包囲され、殺されると思ったときに、結界を
初めは十五人くらいはいたらしいが、ハンスが二人、イグナーツが三人倒したようだ。
流石元マヴァガリーの
本気のイグナーツは強いな。
「連中は、ハンス君を捕まえてアラナンを誘き出す目算だったんじゃろうな」
「では、連中はわたしを殺すつもりではなかったと?」
「どうかな。仮に殺してしまっても、アラナンには生きていると伝えるじゃろう。死体を隠されれば、アラナンは信じざるを得まい」
ぼく一人を誘き出すために、此処までやるのか。
イフターハ・アティードという男の異常性を、まざまざと感じる。
「忘れるな、アラナン。彼奴はサビル人というひとつの部族を抱える絶対的な支配者じゃ。そして、サビル人に光を当てるために必死になっておる。そのための障害は、全て排除するじゃろう。──ある面では、わしらと同じなのじゃ」
多くのセルトの民はすでに他の民族と同化し、セルトとしての民族独自性を失ってしまっている。
エアル島のような場所は、珍しい部類だ。
此処ヘルヴェティアですら、かつていたセルトのヘルヴェティ人は、すでにスカンザ民族のアレマン人やブルグンド人と同化してしまった。
評議会の面子もアレマン人ばかりだ。
それでも、オニール学長はセルトの
そして、それ以上のことをしようとしている。
果たして、ぼくに学長たちのような責任を背負えるのだろうか。
エアル島の
ぼくに勉強や魔術を教えてくれた彼ら。
もう大分年寄りばかりになった。
彼らはぼくに期待を掛けているはずだ。
「じゃが、わしらも負けるわけにはゆかぬ。ヘルヴェティアは小さい。四方はいつ敵になるかもしれぬ。圧倒的な力を持っていると示さねば、すぐに虎狼に噛み裂かれるのじゃ」
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