第五章 ケーファーベルクの初級迷宮 -2-

コルドは必要よ。落とし穴とかもあるでしょうし」


 雑貨屋の棚を漁りながら、マリーが主張する。


「罠は解除できへんの? 自分、どうやって先に進む気やねん。うちが簡単な針金の使い方教えよか?」


 偶々雑貨屋で出会っただけなのに、ジリオーラさんがマリーと一緒に棚を漁る。

 ちなみに、彼女たちが選んでいるのは自分の買い物ではない。

 ぼくの迷宮探索に必要な雑貨を選んでいるのだ。


 すでにぼくの持った籠の中には、彼女たちが選んだ商品が山のように積まれている。

 正直、こんなの持って戦闘などとてもできない。

 これは、小さくても魔法の袋マジックバッグが先に必要なのではないだろうか。


魔法の袋マジックバッグは値段が張りなんす。わっちのを使いなんし」


 ファリニシュの申し出は検討の余地はあるが、とりあえずぼくも自分のが欲しい。


 魔法の袋マジックバッグのコーナーに移動し、目立つ場所に飾ってある立派そうなやつを見ると、金貨マルク十二万枚とか書いてあって噴き出しそうになる。


 一番安いやつをと見ると、個数制限が十個ときついが、五千マルクの商品がある。

 次のを見てみると、一万マルクだ。

 所持金を考えると、一万マルクのは何とか手が届く。

 よし、これを買っておこう。


「あかん。そないな大金、何で値切りもせえへんの。うちに任しときや!」


 ぼくがそのまま金を払おうとすると、ジリオーラさんがぼくから魔法の袋マジックバッグを奪い取る。

 そして、そのまま何かをまくし立てながら、猛然と店主と交渉を始めてしまった。

 マリーとファリニシュも、この迫力には目を丸くしている。


「凄いわね、あれ。お店の御主人、泣いてないかしら」

「なあ、ジュデッカの商人ってみんなあんな感じなのかな。怖くてジュデッカに行けなくなりそうだよ」


 そんな噂をされていると知ってか知らずか、いい笑顔のジリオーラさんが帰ってくる。

 一万マルクの魔法の袋マジックバッグに持っていた他の雑貨も合わせて会計し、八千マルクにまけさせたらしい。

 どんな魔法であろうか。

 すみません、ジリオーラ先輩。

 失礼な噂をして申し訳なかったです!


「うちだって一人で入るなんてあかんかったんに、アラナンは学院からの指示やもんね。ほんまびっくりやわ」


 戦利品をぼくに渡しながら、ジリオーラ先輩はしみじみと言った。


「そんなに凄いんですか? こんなに田舎から出て来ました感満載なのに」

「それって関係あるの!」


 マリーが何気にぼくの服装センスを否定してくる。

 いいじゃないか、エアル島の野生児だって!


「噂には聞いとるよ。初等科には、飛竜ドラゴ・ヴォランテを一撃で両断したもんがおるいうて。うちもそれなりに学院には特別扱いされたんやけれど、こないに凄いんは学長のお弟子さんやった飛竜リントブルム以来やって」

黄金級ゴルト冒険者と比べるのはやめましょうよ。ダンバーさんの動きだって本当に見えないくらいですよ。もっとも、ジリオーラ先輩の動きもぼくには見えてなかったですけれどね」

「ほいであのけったいな独自呪文ユニチッタかいな。あんなん反則やで、ほんま。初見殺しもいいとこやわあ」


 まあ、そうだろうな。

 もう一度やったら、ジリオーラ先輩が勝つだろう。

 いまのぼくでは、魔術エレメンタル神聖術セイクリッドなしでは中等科のトップクラスに及ばない。

 地力を上げなきゃいけないんだよね。


「けど、ほんま気いつけや。ケーファーベルクの初級迷宮に一人で入るんは危険なことや。危ない思うたら、すぐに帰るんやで」

「有難うございます。でも、一人は結構慣れているんですよ。故郷では、よくそういう訓練やらされましたしね」


 エアル島の森に放置されて一人で帰ってこいとかね。

 よくぼくがぐれなかったものだ。


 買い物が終わったので、マリーたちとは此処で別れる。

 三人はまだ買い物を続けるつもりらしく、新たな店へと突撃していった。

 お目付け役のファリニシュも大変だ。

 ジャンなんか、力なく後ろを付いていくだけで目は死んでいたぞ。

 頑張れジャン。

 負けるなジャン。

 骨は拾わないから、ぼくの代わりに犠牲になってくれ。


 そして、ぼくは早速ケーファーベルクの丘に向かってみる。

 フラテルニアの内部を貫くように流れるリマト川を渡り、北の郊外まで出ると次第に道は坂道となる。

 さほど高い丘ではなく、中腹にある迷宮の入り口までもすぐである。

 入り口には大きな鉄扉が設置されており、その横に置かれた机に学院の職員が二人待機していた。


「初等科のアラナン・ドゥリスコルです」


 旅券を提示し、本人確認をしてもらう。

 認証機で無事承認されると、入場手続きは完了である。

 無愛想な職員から、鉄扉の中央に嵌め込まれた水晶に旅券をかざすように言われる。

 綺麗な赤い水晶にぼくの旅券をかざすと、旅券から発した光が水晶に当たり、赤色から緑に変わった。


 すると、音を立てて扉が開き始める。

 鉄製の重い扉が真ん中から二つに分かれ、滑るように横に開いていく。


 迷宮の中は天井から不思議な光に照らされており、十分先を見通すことができた。

 石畳の道は意外と広く、十五フィート(約四メートル五十センチ)ほどの横幅はある。

 武器を振るうには十分だが、十分過ぎて後ろに回り込まれる危険性もありそうだ。


 このケーファーベルクの初級迷宮は、学院の初等科生徒用の迷宮である。

 だから、それほど危険な魔物は出ないし、階層も十階層と深くはない。

 罠も命の危険があるようなものは設置されていない。

 だから、そこまで大仰に警戒する必要はないのである。

 それでも、時として事故は起こるし、油断はできないのだが。


 とにかく適当に歩き回る。

 左右に扉があるので、右手から開けてみる。

 何かが飛んできたので、一瞬魔法障壁マジックバリアを強化する。

 うん、黒い液体…これは墨だな。


 嫌がらせか!


 魔法障壁マジックバリアで弾いたからよかったものの、初っ端から真っ黒になってテンションだだ下がりになるところだったわ!

 悪意を感じるよね。


 部屋には何もなかった。

 がらんどうである。

 せめて家具でも置いてほしい。

 これでは面白みがない。


 左の扉を開けると、中にはお馴染みの小鬼オルクが三体いた。

 この程度の魔物なら、魔法ソーサリーを使うまでもない。

 新しく買っておいた鉄製の剣を抜くと、一気に踏み込んで手前の一体を袈裟けさ斬りにする。


 一体が慌てて斬り掛かってくるが、身を捻ってかわしざまに首を斬り飛ばす。

 残る一体は硬直している間に心臓に刃を突き込んだ。


 敵と交錯こうさくする一瞬だけ魔力障壁マジックバリアを纏っているので、返り血の心配はない。

 だが、剣は拭わないと駄目だな。


 やはり、迷宮のように手加減をする必要のない場所では、棒より殺傷力の高い剣の方が都合がいい。

 魔術エレメンタルを積極的に使えるなら棒でいいんだけれどね。魔力も節約しないと。


 死体が散乱する室内に辟易していたが、暫くすると淡い光に包まれ、消えていった。

 迷宮の魔物の死体は消えると聞いていたが、本当らしい。

 迷宮に吸収され、また再構成されるそうだ。

 だから、迷宮から魔物が消えることはない。

 その分、此処の魔物を幾ら狩ってもギルドから報酬は出ないけれどね。

 ギルドから報酬が貰えるのは、ギルド管理の迷宮の魔物を狩ったときだけだ。


 しかし、魔物が消えた室内には、やはり何もなかった。

 何か置いてくれないと、彩りというか何かが欠けると思うんだよね。

 そう思いませんか。

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