隣人解剖のラブロマンス
ちびまるフォイ
きれいな内臓にはとげがある
痛覚が失われてから10年たって、生活にも慣れてきたころ
アパートの隣の部屋に住む女が声をかけてきた。
「ねぇ、ちょっと解剖してくださらない?」
ラブロマンスもあったもんじゃない。
「か、解剖?」
「大丈夫。道具は用意しているし、痛覚がないから痛くない。
それに死なないように止血剤も用意しているから平気よ」
「いやそっちじゃなくて、目的を知りたいんだけど……」
「ほら私ってきれいじゃない?」
「……」
勘違いブスだったら張り倒してやろうかと思ったが、
自称するだけあってたしかに美人だった。
肌もきめ細やかで髪もつやつや、見てくれも完璧だ。
「私、自分の美しさを保つためにはどんな努力も惜しんでないの。
男をはべらして喜ぶ低俗な女じゃなく、自分磨きに余念がないの」
「バレンタインのご褒美チョコみたいなこと言ってるな」
「で、外見は非の打ちどころがないことはわかっているから
今度は内面、つまり臓器の美しさを確認したいってわけ」
「内面ってそういうこと!?」
「あなたも私のような美人の解剖ができてうれしいでしょ?
合法的に、同意のもとに裸体を拝めるだけ感謝してもいいの」
「はぁ……」
そんなこんなで、女を解剖することになった。
手術なんてしたこともないし、最後にやった解剖は小学生のとき。
ドキドキしながら女の肌にメスを差し込んで切り開いていく。
まるで浴衣でも広げるように、切り開かれた体はまる出しの状態になった。
仰向けの女の上に姿見を映して内臓の状態を見せる。
「はい、解剖しましたよ。いかがですか」
「襟足をもう少しそろえてくださる?」
「床屋じゃねーぞ」
鏡にうつる自分の内部を満足げに女は眺めている。
「ふふ、オーガニック食品だけ食べていたかいがあって
私の体は内側も美しい色をしているわね、
……ん?」
「どうかしたんですか」
「ここの内臓だけ黒い……えぇ、なんでぇ?」
女は顔にできたシミでも気にするようにぶーぶー文句を言っていた。
この異常な状態にも頭が慣れてくると、やっと大変な状況にあることを悟った。
(これ、どう戻したらいいんだ!?)
切り開くことまではできたが、戻すことはできない。
縫合なんて家庭科でしかやったことはなし、病院に電話すれば即逮捕。
誰にも頼ることができない。
「そ、そうだ! 俺も! 俺も解剖してくれ!!」
「どうしたの急に」
「いやぁ、俺も自分の体の内側が気になってね。はは、ははは」
最後の手段として、自分も解剖被害者になることを決めた。
自分も解剖されれば、女を切り開いた犯罪者ではなく被害者になる。
「わかったわ、じゃあ死なないように止血剤を」
「おう」
女が俺を解剖し始めると遠くの病院に電話しておいた。
解剖が終わるころには救急車が到着し、病院に搬送されて、体は元通り。
「へぇ、男といってもあなどるものじゃないわね。
あなた、顔は福笑いを世紀末的に破壊したような顔だけど
体の中はどこもぴかぴかじゃない」
「世紀末的ってなんだよ」
「それより、さっき電話していたけどなんだったの?」
「解剖したのはいいけど元に戻せないから、病院に電話したんだ。
病院にいけば元通りになるだろ。縫合してもらえるから」
「でも、元通りじゃないわ」
「何言ってる。最近の手術の技術はすごいんだぞ。
キミの体に手術痕ひとつ残るものか」
「ええそうね。じゃあ待ちましょう」
二人はアジのひらきのように床に寝そべって救急車を待った、
気が付けば眠っていたらしく、目が覚めた時には手術が終わっていた。
麻酔なく手術が行えるので痛覚失って便利なこともあるらしい。
「今日は解剖につきあってくれてありがとう。
もう二度と会うこともないでしょう。それじゃ」
「勝手な女だなぁ……」
隣人は体に手術跡が残ってないのを熱心に確認したあと、
さっさと退院してもう二度と姿を現さなくなった。
もうちょっと、なんていうか、恋愛的なノリに発展してもいいのに。
いったい何が目的だったんだ。
「すみません、先生がお呼びです」
「あっ、はい」
俺だけは手術が終わっても退院が許可されていなかった。
何かあるのかと医者の所へと向かった。
「先生、どうしたんですか? 手術費ですか?」
「いえ、それではないです。これを見てください……」
医者は体の内部の画像を見せた。
「この黒いのわかりますか? あなた、ガンですよ。
不思議ですね。まるでどこかから内臓移植されたみたいに突然です……」
どこか見覚えのある黒い内臓を見て、女の去った理由がわかった。
隣人解剖のラブロマンス ちびまるフォイ @firestorage
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