第一章、ツインと出会いと精霊と

第一話:協会の協会(ツイン)での再会


 配達人と魔術師。

 手紙等を届ける配達人とそれを補佐し、時に護衛する魔術師。

 二人一組で組むのが主だが、もちろん、例外もある。

 だが、それについては今は省く。


 さて、配達人と魔術師には、それぞれ所属がある。


 配達業務の中にある手紙配達の専門部署、レターズ。

 配達人たちの補佐(兼護衛)役の魔術師を派遣する魔術師協会。


 そんな魔術師協会の一角にある扉の前に、一人の少年がいた。

 名前は秋月あきづき頼人よりと

 今、彼の目の前には扉があるのだが、それに対し、頼人は溜め息を吐いた。

 今日から世話になるとはいえ、内心、上手く行くか不安なのだ。

 改めて扉を見る。

 この扉を越えたら、もう後戻りは出来ない。

 意を決し、頼人はドアノブを握る。

 そして、深く深呼吸し、扉を開けた。

 その際、自分が通ってきた通路みちを一瞥し、頼人は中に入った。





 中に入れば、広いエントランスホールのような場所に出る。

 中は照明器具で照らされ、白い壁を照らしていた。

 それを見て、頼人は目を見開き、言う。


「ここが――」


 魔術師が集う魔術師協会の隣にある問題児が集まる場所――協会の協会、ツイン。


「って、誰もいない?」


 周囲を見回すが、誰もいなかった。


「そりゃ、そうだよな」


 誰だって、好き好んで問題児の溜まり場こんな場所に来たくはない。

 だが、案内役ぐらい、居てほしかった。右も左も分からない奴にウロウロされても困るだろうに。


「それに、受付に誰もいないんじゃ、好き勝手暴れられても、文句言えんだろ」

「あ、やっぱり、お前もそう思うよな」


 溜め息混じりに言った自身の言葉に返事があることに驚き、頼人は周囲を見回す。


「あー、すまん。左斜め上だ」


 そう言われ、そちらに目を向ければ、苦笑いしていた少年が(頼人から見て)左斜め上にある階段から下りてきた。


「今日来ることは聞いていたんだが」


 少年は一度そこで切る。


「まさか本当に、案内役がいないとは思わなくてな」


 迎えに来て正解だわ、と少年は言う。


「どういうことだ? 俺は案内役がいるって聞いたぞ」


 頼人はそう言う。

 向こうツインに行けば、向こうツインがどうにかしてくれる。

 少なくとも、頼人はそう聞いた。


「それ、真に受けてたのか?」


 少年の問い掛けに、頼人は固まる。


(そうだ。ここに集まるのは、協会から言い渡された問題児たちだ。そんな奴らが新入りの案内なんて――)


 するわけがない。

 本部の人間は、ツインでの生活を地獄と例えた程だ。


「まあいいや。運が良けりゃ、本部に帰れるんだし」


 少年の言葉に、頼人は再度固まる。


「い、今、何て」

「だから、帰れる……っ!?」

「本当か!? 本当に帰れるのか!?」


 頼人は少年に迫っていた。

 帰れるなら帰りたい。

 が――


「運が良けりゃ、って言っただろ」


 頼人を宥めつつ、少年は訂正する。


「あ……」


 少年の言ったことを思い出し、そうだった、と頼人は止まる。


「それに、ツインここの方が良いって言う奴もいるしな」


 頼人は目を見開いた。

 ツインここの方が良い?


「どういうことだ? ツインここの奴らは戻りたいんじゃないのか?」


 頼人は少年に尋ねる。


「ああ、その事なんだが……っと、立ち話で話す内容じゃないな。場所を移動するから付いてこい」

「は!? いやいやいや、いいのか? 勝手に移動して」


 少年の言葉に、頼人は驚いた。


「さっきも言ったが、お前の案内役は俺だ。分かったなら、さっさと付いてこい」


 少年は勝手に歩き出す。


「ちょっ、さすがに一人にされても困るから!」


 頼人は慌てて少年を追い掛けた。


   ☆★☆   


 何とか追いついた頼人だったが、進むに連れ、ますます怪しくなってきた。


(まあ、こっちには初めて来たから、しょうがないのかもな)


 頼人が知らないだけで、元からこうだったのかもしれない。

 ふと、少年の足が止まる。


「そうだ。忘れてたが自己紹介な。俺は玖蘭くらん。よろしく」

「秋月頼人だ。よろしく」


 少年――玖蘭に手を差し出され、頼人も手を差し出し、二人は握手をする。


「なあ、ここって、その……本当に『協会の協会ツイン』だよな?」

「やっぱり、そう思うよな」


 互いに名前を知ったのだし、と頼人は思いきって尋ねる。

 それを聞いた玖蘭は、一人納得したように頷く。


「やっぱり……?」

「ツインは変わったんだよ。お前が入ってくる前に」


 首を傾げる頼人に、玖蘭はそう言う。


「いや、正しく言うなら、変えられた・・・・・、だな」

「変えられた……?」


 ますます分からん、と頼人は首を傾げる。


「俺がお前を迎えに行ったのも、そいつらの指示だ」


 というか、誰も手が放せなくて、暇なのが俺しかいなかったんだよな、と玖蘭は自嘲気味に言う。

 だが、頼人が気になったのはそっちではなく――


「そいつ……?」

「ん? ああ……」


 それについては、付いてくれば分かる、と玖蘭は言う。


「まあ、その前に、今から行く場所の説明させてもらうな」

「あ、ああ」


 やや驚きながらも、頼人は頷いた。

 それを見た玖蘭は説明を始める。


「ここ、ツインでは、一つの部屋に三十人程度の者たちが所属している」


 頼人は黙って聞いていた。

 イメージとしては、学校の教室だろう。


「まあ、分かりやすく『クラス』とする」


 頼人は無言で頷いた。

 どうやら、先程のイメージは間違ってないらしい。


「それぞれのクラスは、どうしてツインに送られてきたのかで、分けられているんだ」


 暴力で送られた者は暴力で送られた者たちの所へ、仕事の失敗で送られたなら失敗した者たちの所へ入れられる。


「でだ。本来なら、お前は失敗組に入るはずなんだよ」

「そうだな」


 玖蘭の言葉に頼人は頷く。

 話を聞く限りでは、そうなるはずだ。

 頼人が送られてきた理由は分かりやすかった。

 送り主も、誰なのかは分かっている。

 だが、たった一度の失敗で――たった一度の失敗が、招いたことだった。


『ふん、こんな事も出来ないとは情けない』


 送り主は鼻で笑い、そう言った。

 自分が出来ないから、その能力を持つ頼人を頼ったくせに、何故、人に頼んでおきながら、偉そうなのだ、と頼人はその時そう思った。

 暴力行為をすれば、ツインに送られる。

 だから、耐えたのに――


(このザマだ)


 思い出せば、思い出すほど、怒りが湧く。


「でもな」


 玖蘭は言う。


「お前を特殊事例として呼んだ奴がいる」

「特殊事例……?」


 首を傾げる頼人に、玖蘭は頷いた。


「頼人。お前の送り主は心が狭い。たった一度の失敗でツイン送りは酷すぎる、ってな」


 確かに似たようなことは思ったかもしれないが――


「いや、さすがにそこまでは……」


 酷いとは思うが、心が狭いとまでは言っていないし、思ってもない。

 まあ、そうだろうな、と玖蘭は続ける。


「まあ、とにかく、そいつが、俺もいる特殊事例組にお前を組み込んだんだよ」


 全く、頭が痛いと、玖蘭は頭を抱える。


「で、だ」


 二人はある扉の前に立つ。


「着いてから聞くのもなんだが、特殊事例組に来るか? 秋月頼人」


 玖蘭の問いに、頼人は目を見開く。

 そして、笑みを浮かべた。


「どうせ、断っても入ることになるんだろ?」

「ああ」


 若干の確認をすれば、玖蘭は頷いた。


「俺は、そいつが誰なのかは知らないが、その誰かが俺を特殊事例組に入れようとしたのは事実だ」


 だから、と頼人は告げる。


「こっちから頼みたいぐらいだ」


 俺を仲間にしてくれ、と。

 それを聞き、満足したのか、玖蘭がドアを軽くノックすれば、「バカっ、早く片づけろ!」や「え、もう来たの!?」といった、中からドタバタしたような音や声がする。

 何をしているのかは分からないが、何となく予想は付く。


「あの……玖蘭?」

「何だ?」


 玖蘭に目を移せば、にっこり笑みを浮かべられる。

 それに対し、頼人は顔を引きつらせる。

 そして、扉は開かれ――


 パン、とクラッカーが鳴る。


「『協会の協会ツイン』へようこそ、新入りさん」


 笑顔で出迎えた少女たちを筆頭に、他の者たちの手にはクラッカーがあり、その光景に、頼人はただ驚くばかりだった。


「玖蘭。これは……」


 玖蘭に尋ねれば、先程と同様に、笑顔を返される。


「いろいろと準備はしていたんだが……一応、お前の歓迎会だ」

「歓迎会……」


 周囲を見回し、頼人の中にあった『協会の協会ツイン』のイメージがガラガラと音を立てて、壊れていく。

 今この場にいる面々は、何か問題を起こしたようには見えない。

 だが、何らかの理由で、頼人と同じように送られ、特殊事例組ここにいる。

 呆然とする頼人を気にすることなく、玖蘭は友人たちに尋ねる。


「あの二人はどうした?」


 頼人を引っ張り込み、自分を案内役にした張本人たちがいない。

 友人たちはああ、と頷く。


「何か、呼び出されたらしいぞ」

「まあ、大丈夫なんじゃない?」


 用件は分からないが、どうやら誰かから呼び出されたらしい。

 あの二人だし、大丈夫だろ、と友人たちは言う。


「玖蘭がそいつを迎えに行った後、すぐに呼ばれて出て行ったから、そろそろ戻ってくるはずだ」


 友人の一人が、玖蘭の後ろにいた頼人を見ながら言う。

 すると、ドタバタと何やら音が聞こえてきた。


「お、来たみたいだな」

「さて、良い話か悪い話か」


 座り込んでいた者たちも立ち上がる。

 音の主は、開けっ放しになっていた扉を掴み、ぜーはー、と息切れしながら、顔を上げると、頼人を見て、目を見開いた。


「頼、人……?」

「ルイナ……?」


 互いに驚き、固まる。


「ちょっ、廊下は、走るな、って、言われた、でしょ?」


 そこへ扉を掴んでいた少女に息切れしながら、後から来た少女が言う。

 そして、扉を掴んでいた少女の間から、頼人を見た後から来た少女も固まり、彼女を見た頼人も再度固まる。


「ルイシア、お前も……?」


 互いに固まる三人を見た面々は、訳が分からず首を傾げていた。

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