「ソレは推理かな」

「確信だ」

 メグと男は視線を外さない。

大蕗 奔吾オオフキ ホンゴはお前だろ。おっさん」

 長い沈黙。

「もしそうだとして、私に会って何が言いたかったんだ? 探してたんだろ?」

「ヌメロゼロのことを教えてくれ」

 睨むような眼で見上げてくるメグを数秒見つめ、男は小さなため息をついた。

「……店長。上、いいか?」

 そう言って、さっきの店員を見る。彼は振り向くと、頷いた。

 男は礼を言って二階の部屋へと上がっていき、メグはそれに黙ってついて行った。

「マツリは」

 男が問う。

「消えた」

 メグが簡潔に答えると、彼は黙り込んだ。

「ヌメロゼロは、何に暴食するんだ?」

 沈黙。答えない。

「居るんだろ、マツリの中にもそういう化け物が」

 男は再びため息をついた。そして語りだす。

「初めに、異変に気がついたのは、マツリが二歳の時だった。や、一歳だったか。なんにしても、言葉もろくに話せぬ赤子だった」

 ――そんなに小さいときに発現したってのか? マツリに自覚がないのは、幼いころにしか発現しなかったからか……。

「家の床や壁、天井。いろんなところに、野球ボールくらいの窪みがいくつか見つかった。マツリがなにか物をぶつけたにしては、大きな傷だったし、大人がやったにしては、タチの悪いものだった」

「窪み……」

 たしかに、見られた。工場にも、あの廃ビルにも。

「大蕗 奔吾がその正体を独自に探り、一つの仮説をたてた」

「仮説……?」

「感情の放出」

「放出……?」

「ヌメロウーノたちが、感情の搾取なら、ゼロはその逆。放出だ。新しいくぼみが発見されるのは決まってマツリが大泣きした後。マツリは赤ん坊のくせに、妙におとなしくて、無表情でね。泣くのは大ごとだった。まるでいつもは感情を奥の奥に押しこみ、溜めこんでいて、それを一気に放出するがごとく泣くんだ」

「だから、感情の放出だと思ったんだな」

 頷く。

「ありとあらゆる人体の記録を見ても類似するものはなかった。ここまで精神が具現的にどうの、と科学的に証明できる突然変異はないんだ。ブラックカルテを化け物持ちの後天的突然変異だとひとくくりにする事がよくあるようだが、それは違う。ブラックカルテはもともと、他の動物には絶対見られない、人間の持つ心と感情が生み出す突然変異全般を示唆している。そしてそれは、化け物の有無を問わない」

 それはメグが初めて聞いた、ブラックカルテの定義だった。

「これがブラックカルテだよ。メグ。そして、ヌメロゼロだ」

「は……。こう聞くと、当事者だが、ブラックカルテなんてのは、一昔前のゲームの設定みたいだな」

 メグがうなだれて笑った。

「マツリはきっと、国光に行ったんだ」

「国光に?」

「……自分を罰しに。俺が、したと同じに」

「そりゃ、まずいな」

「へ?」

 顔を上げる。男は眉間にしわを寄せていた。

「マツリが、国光に渡ると、まずい」

「なんでだ」

「ゼロは他のブラックカルテとは違う。ウーノ以上が感情を食べるのなら、ゼロは感情を吐き出すものだ。ゆえに、今までのブラックカルテと同じように、精神系をいじると、吐き出す感情に影響が出る。暴走しかねない」

「暴走……っ」

 全身から血の気が抜ける。

「マツリ……!」

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