ひとりになったマツリは携帯を久しぶりに手の上に乗せ、ドリーの連絡を確認することにした。メッセージは数件来ている。

「これかな」

 ピ、という機械音ともに開く文面。そこには廃工場についての調査結果が書かれていた。

「……やっぱり廃工場のことは、私たちが調べたことまでしか分かんないんだ」

 むしろあの地下のことを知っているだけ、こちらのほうが情報量が多い。

 工場を思い出して、マツリは無意識に歯を食いしばっていた。その雑念を振り払うように頭を振って、彼女は再び携帯に目を向けた。文面を下へ、下へ。

「お父さんのことは……」

 父親のことに対するドリーの調査は、名前、年齢などのデータ。それから若い頃たずさわっていた研究。そして彼の人となりについてだった。穏やかな性格の男の人だったらしい。部下の信頼もあつくて、失踪した時、同時に多くの研究員が彼を追うように辞めて行ったと書いてあった。

 目に映る電子光が、昼の廃ビルの暗がりをぼんやり照らす。

「…………はぁ」

 ――幻滅もできないよ。ドリー。

 心の中でそう呟いて、気付いてしまった。

 ――あぁ、私は父を憎みたいんだ。父を悪者にして、楽になりたかったんだ。だから、会いたかったんだ。

「……莫迦だな私」

 苦しくなった。自分が心の綺麗な人間だとは思ってないが、不意に赤く染まった手を思い出してしまった。マツリはそんな重苦しい胸のつっかえをなんとか飲み込み、他のメッセージを開いた。

「あ」

 目を疑った。むしろ疑うことがおかしいのだけれど。

「いづみ」

 いづみからのメッセージがポツンと、一件来ていた。

「そっか……」

 随分、連絡を取ってない。あの日、別れたっきりだ。

 あぁしまったな、と思った。こんなに心配してくれている友達のことを、どうしてこんなに忘れていれたのだろう。

 親友からのメッセージを見ていると、急に少し前は当然だった現実に戻ったような気がした。何もないくせに無性に温かい、でも灰色な日々。


『いづみ。連絡できてなくてごめん。

 私、今は国光からは逃れる事が出来てるよ。

 心配かけてごめんね。メグも一緒でなんとかなってる。

 でもまだ、身を隠さないと駄目みたい。

 今、隣県の廃ビルにいるけど、此処はなんだか、寂しいです。

 いづみに会って話したいことがいっぱいあるよ。

 インターハイ。きっと出るんだよね。頑張ってね。』


 柄にもなく長いメッセージを送ると、マツリはゆっくり目を閉じた。いづみに会いたくって、無性に泣きたくなった。涙は出ないけれど。

 マツリは息をつくと、冷たい地面に座りこんだ。そして沈黙と風の音を聞きながら、ぎゅっと膝を抱いたのだった。

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