3
メグは目的地を決めたのか、出かけようと言い、二人は警戒しつつ家を出てタクシーに乗った。タクシーに乗ると、マツリはメグが持つ紙切れについて尋ねた。
「私が穴に落ちてる間に?」
「おう。工場にいた男と会った」
「その人がくれたんだ」
メグは頷いた。その男が国光から逃げる時に使えると手渡してきたメモ。このタクシーもその中にあった電話番号で呼んだものだった。
「とりあえず、首都外の施設に行く」
「……どこ」
「お前は別のところで待ってろ」
「え?」
「その施設は国光のもんだ。これに書かれているとはいえ。お前を連れていくなんて、そんな危ない橋渡れねぇよ」
「行くよ」
マツリが強情に主張する。だが、メグはバッサリと却下した。
「来るな。あそこは、昔ゾルバが居た場所だ」
身体が勝手に強ばった。そのことにメグは気づいただろうか。
マツリは何も言わず窓の外を眺めて平静を装った。流れる雲がまるで周りの景色から独立したように浮き彫りになっていた。マツリは目をつむり、あの夜のことを思い出す。
――あの時。声が出なかったわけじゃない。
でも、声を出したら駄目だと思った。
そしたら、また、血の海が目の前に広がるように思えたんだ。
***
タクシーはとある小さな廃ビルの前で止まった。タクシーを降りると、メグはそこから徒歩で目的の施設へ向かうと言った。
「此処で待ってろ。すぐ戻るから」
マツリはわずかに不安そうな顔をした。それを察したようにメグが「すぐ帰る」と告げると、マツリは無表情で頷いた。
「四時には戻る?」
「おう」
それだけ言うと、メグはしばらく黙り込んだ。行かないのだろうか? とマツリが小首を傾げる。するとメグは思い出したように口を開いた。
「マツリ、ドリーからのメッセージ確認したか?」
「うん、しとくよ」
「…………」
また沈黙。なんなんだ一体。
「メグ?」
マツリがいよいよ首を傾げた瞬間。
心音が止まったかと思った。
温かい手が。優しい体が。細い髪が。突然ぎゅうと、マツリの体を包んだ。
「メ……っ」
――離して。
と、心は叫んだ。だけど、あの時ゾルバにぶつけたのと同じ言葉をかけたくなかった。
だから、だからマツリはただびくびくと抱きしめられた。
怖い。
きっとこの感情は、あの化け物を喜ばせたことだろう。
ざわつく左手に、メグは臆することなくマツリに触れた。強く、優しく、抱きしめた。
その腕から感情の強さも、力強さも伝わってくる。メグの体温はマツリに恐怖と安心を器用に与えた。
「……わるい」
結局抱きしめてしまった。そんな小さな後悔と共に、メグはそっと腕を解いた。
「悪くないよ」
マツリの心音は、止まったように思ったのも束の間で、彼女の人生で一番バクバクしていたらしい。息が詰まった。嫌いではない苦しさと、体を這うなにか知らない感情のせいだ。
「じゃあな。できるだけ身を潜めてろよ」
「うん」
そう言って彼は出かけてしまった。マツリは急に体が冷えた気がして肩をさすった。
「…………ずるい」
なんて優しい温もりを置いていくんだ。
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