第17話:重複のヌメロウーノ

 怖い。

 触らないで。

 冷たい手。



「そうか……。それで、チギリ ゾルバ」

 電話越しの椎名シイナは事情を聞いて深い息を吐いた。

「あぁ」

 メグは冷たく暗いリビングでひとり頷く。

「……か――――……。しばきてぇその餓鬼ガキ

 長い前髪をグシャリとかきあげながら、椎名は壁にドスッともたれかかった。

「ただ残念ながら、契の情報は少ないよ」

「なんでもいい」

「一昨年から施設を出たこと。化け物は健在だということ。それから、此処のプロジェクトの協力者だということ」

 ――プロジェクト。

 そういえば、今日会ったあの男も計画がどうのと言っていた。

「なぁそのプロジェクト、かなり昔からある計画なのか?」

「あ? ……いや、そんなことはないだろ。でなきゃこんな即席で集めたメンバーでやらねぇよ」

「……そうだよな」

 ため息。それは電話越しにも伝わる。

「マツリ寝たの?」

「おう。今はもう部屋で寝てる」

 椎名は落ち着いたメグの声に、逆に違和感を覚えた。

「……なんか余裕だな。お前」

 しかしメグは目を細めて数秒黙り込み、ポツリと呟いた。

「そんなもん、あるわけねぇだろ」

 ぎゅうっと拳を握りしめる。手のひらには血の滲んだ爪痕つめあとがくっきりと残る。

「だよなぁ……」

 椎名はため息をついて、そんなメグを思い描いた。


 通話を終えたメグは、静かにマツリの眠る部屋に入った。髪をほどかず、ベットに横たわる背中がぼんやり白い。寝息が順調にリズムを刻んでいて、眠りが深いのが分かる。

「…………」

 メグは床に敷いてある自分用の布団を踏みつけ、ベッドに歩みより、マツリの顔を覗きこんだ。

 寝顔は穏やかで、眠りに落ちた彼女に恐怖の感情は見られない。左手が大人しい。だけど首に滲むあざや腫れた口元は、メグの顔をしかめさせるのに十分だった。

「……余裕なんかあるわけねぇだろ」

 メグはベッドに手をついてマツリに近づいた。触れることはせず、ただ眉間にしわを寄せたままベッドのばねを軋ませる。

「ごめんな」

 メグは耳元で呟くと、静かにベットから離れた。そして自分の布団に入りこみ、マツリに背中をむけて眠りについた。

 暗闇の中、静けさの中、マツリの閉じたまぶたから雫が数滴落っこちた。



 夢を見た。

 怖い夢だった。

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