第14話:彼女自体が、化け物か?
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三日目の朝。思ったよりも目覚めはいい。
少し頭が痛んだ。あぁそういえば、今日から夏休みだ。
「ドリー?」
「あ、はい」
「会ったんですか?」
松田が驚いた。まずかったかな……、とマツリはドリーの名を出したことを後悔した。
「昨日、部屋に戻る時に」
「そうですか……」
松田は諦めたように微笑んだ。
「あの。ドリーは、いつから此処にいるんですか?」
「三年前ですよ」
「ずっと此処に?」
「そう。あはは。マツリさんは随分好奇心旺盛ですね」
「……あ、はい」
まぁ、それは自負してる。
「彼はブラックカルテの中でもとても
「稀有」
「そう」
松田が歩き出した。今日は松田だけしかいないようだ。残りの三名は他の仕事についているのだろう。
「マツリさん。メグの化け物を見たでしょう?」
頷く。
「あの化け物は、何を喰いちぎっていました?」
「……人」
恐怖に向かって暴食していても、喰いちぎっていたのは、人の肉だ。
「そう、あいつは『恐怖』を食べようとしてるのに、その感情を食べることができていない」
いつだって、恐怖の感情をまとった肉体ごと噛みちぎる。
「だけどドリーは違う。彼の化け物は、知的欲求に向かって暴食します。つまり、知りたいって感情」
「……言ってました」
「そして喰いちぎるのも、知識なんです」
「え?」
「つまり、知りたいと思っているその対象の『記憶』を喰ってしまうんですよ」
「……記憶」
――そうか。だから、知る権利は彼が握っているも同然、なんだ。
「はい。じゃあ、お喋りはここまで。今日は腕を調べるからこの部屋です」
とある扉の前で足を止める。
「……腕?」
部屋に入りながらマツリが訊く。
「ブラックカルテ十二人中、四人が腕に化け物を宿していてね。だから、腕を調べるんです」
確かに、メグも左腕だった。
「ちょっと痛むかもしれないけど、我慢してください」
「はい」
マツリは怖がりもせず、平然と頷いた。
「掛けて」
椅子に座る。またいかつい機械が周りを囲んでる。
「今回も長時間ですか」
「そうだね、片腕ずつだし、結構かかるかな」
松田はそう言って幾多のコードを機械から引きずり出した。先端には細くて小さな針がついている。松田は消毒液をマツリの腕にこすりつけると、それを丁寧に皮膚に突き立てた。
「痛む?」
「痛まないことはないです」
注射よりは痛くない。それに彼の手付きは鮮やかだ。
「慣れてますね」
「僕はもともと医学出身だしね」
腕がコードだらけになってきた。一体いくつくっつけたら気が済むのか。肘の所まで針を突き刺すと、松田はようやく手を止めた。
「動かさないで下さいね」
動かせません。とマツリは心の中で答えた。
「じゃあ、始めるけど、ひとつだけ注意」
「……?」
「もし化け物が飛び出してきても、パニックにならないように、覚悟していてください」
そう言った彼の眼は真剣だった。
「君はブラックカルテかもしれないってこと、忘れてないですよね」
「……違いますけど」
松田は頷き、愛想よく笑って機械をいじった。
「最初に液体が入るのでひんやりしますが、その後は大した痛みも反応もそっちには行かないです。ちょっと退屈かもしれないですね」
「大丈夫です」
マツリは頷いた。
「本を持ってきましょうか?」
「はい」
普段、読まないけど。退屈なのも嫌なので、とりあえずお言葉に甘えることにした。
それにしても紳士的な態度だ。少しずつ松田への警戒心が薄れていく。はじめは誘拐しようとしてきた
「……はぁ」
マツリはため息をついて、コードが生えた自分の腕を見つめた。
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