2
夏休みの校舎は人が少なくて涼しい。
椎名が金髪を揺らして寂しい渡り廊下を歩いていると、後ろから「椎名先生」と呼び止められた。振り向くと女性教員が立っていた。
「椎名先生、お客様がお見えですよ」
「……客?」
訝しんだところで、アポなしで自分を訪ねてくる人間など数えるほどしかないのだが。
「まさかあなたが此処まで来るとは思ってなかったですよ」
その客と向かい合った椎名が皮肉っぽく笑った。冷えた麦茶にカランと氷が鳴る。
「お父さん」
冷えた保健室で向き合ってソファに腰かけるその男は、椎名の父親――彼を
「久しぶりだな、梓」
梓と呼ばれることにもはや違和感はなかったが、それでもこの男に梓と呼ばれると
「で、ご用件は?」
ため息まじりに問う。
「最近、お前、私の書斎に入っただろう」
「……えぇ、まあ入りましたね」
ブラックカルテの資料を見るために。
「何か気になることでも? 俺がブラックカルテの監視役を任されてるのご存知でしょう?」
「あぁ。例の倅か」
「それでちょっと気になることがあって、ブラックカルテの資料を調べさせて頂いただけですよ」
「……そうか。お前も大変な役に
「そうですか?」
椎名は心の中ではっと笑った。心配など、していないくせに。
「ブラックカルテ……あの化け物達のお守りをしてるんだ、大変だろう」
「……ま、確かに、色々巻き込まれはしますかね」
氷が解けて、またカランと音を立てる。
「で、用はそれだけですか?」
「いや、今度、お前の力を借りたい研究があるんだ」
「……なんのプロジェクトですか?」
父は、躊躇うように一瞬黙った。
***
「椎名」
数刻の後。メグが保健室の扉を無遠慮に開くと、椎名は「んー」とやる気のない声を出して、メグに目もくれず何かを読んでいた。
「さっき、国光の車が……」
「あぁ、父さんが来たんだ」
「父親?」
「ゆっても、血は繋がってないけどねー」
タブレットを眺める椎名は、やっぱりメグの方を一度も見なかった。
「……で、何だ。俺の事か?」
「や、お前は関係ないよ」
「じゃあ何の……」
「俺に化け物を作れって、言いに来ただけだ」
「…………は?」
父の声が
――化け物を作る、プロジェクトだよ。
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