7
「九時間だ」
「一定ですね」
「…………」
沈黙が白衣達の間を漂った。部屋に戻ってきた松田も壁にもたれ、ひたすら薄く光る装置を見ていた。眼鏡の奥の優しげな目が、険しい。少女は微動だにせず、その装置の中にいた。
「あと二十分でメモリーイメージです」
結局、状況が変わることもなくその二十分間が過ぎて行った。
「あと十秒」
秒読みが開始される。
「八・七・六・五・四・三・二……」
一瞬の沈黙に緊張。
「……だめか……」
一斉にため息。
――一体なんなんだ。この女。
全員が顔をしかめたその時だった。
「数値! 七十九!」
「!」
突然のことだった。突然、モニターの数字が高数値を示す。
「イメージ解析!」
松田が声を上げて指示を出すと、井上は大きく頷いた。
「はい!」
一方で緑堂が数値を読み上げ続ける。
「数値八十、七十九……八十三……八十、七十八、七十四……」
フラフラ揺れる数値を追う。
「ずっとAゾーンを指しています!」
「なんなんだこの女……」
河口が思わず声を漏らす。それは全員が心の中で思った言葉。
「河口さん、感心せずにバイタルメータ見ててください。レッド指したら……」
井上が顔を上げて言うと、「わかってるよ!」と河口ががなった。
「マツリさん……」
松田は汗を滲ませてマツリを見つめた。
――突然の襲来だったと思う。
いつのまにか頭に流れ込む画が、私の世界から切り取られたそれになった。
メグが見えた。楓が見えた。椎名先生が見えた。その都度、心臓が揺さぶられた気がした。学校、帰り道の繁華街、いづみ。灰色の世界、色つきの世界。その両方がいっぺんに頭の中にぶち込まれた感触。さっきなんかよりいっそう。いっそう気持ち悪くなった。
――苦しい。
こんな苦しい想いを、メグはたくさんしたのか。終止符をひどく求める自分が、とても哀れに見えた。いつまでも揺さぶられ続ける心臓が痛い。
やめてほしい。見たくない、見たくない。見せないで。怖いのだ。
この切り取られた世界の断続的な通過が、どうしようもなく怖いのだ。だってこんなにも、私の世界を映すのだ。
次にくるものが、怖い。
どうしよう。あの世界の端っこだったら。
どうしよう。血まみれの居間だったら。
どうしよう。楓の死体だったら。
どうしよう。私だったら。
「なんなんだ……こいつは」
河口はもう一度呟いた。知らぬ間に額から汗が滲んでいる。
「コモンイメージの時はずっと無反応だったくせに……。今度はずっと高数値で止まってやがる」
「そっちの数値は」
松田が緑堂に訊く。
「ずっと八十」
松田は眉をひそめた。
「……無反応に近いですよ、コレじゃあ」
「河口さんの方は……」
「大丈夫です。各数値、高めですが、レッドには振り切ってません」
「そうですか。あ、井上さん」
井上は顔を上げた。長い髪を縛ったその男は、一見女性のようにも見える。
「もうすぐ終わります。水を持ってきてくれますか」
「はい」
井上は立ち上がってラボを出ると、すぐにコップを片手に帰ってきた。マツリはかれこれ九時間半無休であの装置に座らされている。松田なりの配慮らしかった。
ビ――――――――――――!!
けたたましい音が鳴り響いた。
「終わりかよ……」
河口が首を鳴らし、立ち上がる。
「ずいぶん、メモリーイメージ少ないですね」
緑堂がいくつかのスイッチをいじりながら呟いた。
「そうですね。彼女の調査については担当者に任せていましたが、現時点では大した情報は得られなかったようですから」
松田がそう言うと、緑堂はふうと息をついて頷いた。
「ま……なかなか、興味深いデータが取れましたけど」
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