刻々こくこくと時が過ぎる。一定のスピードで。


「九時間だ」

「一定ですね」

「…………」

 沈黙が白衣達の間を漂った。部屋に戻ってきた松田も壁にもたれ、ひたすら薄く光る装置を見ていた。眼鏡の奥の優しげな目が、険しい。少女は微動だにせず、その装置の中にいた。

「あと二十分でメモリーイメージです」

 緑堂リョクドウが黒い髪が揺らして振り返ると、松田は「はい」と頷いた。

 結局、状況が変わることもなくその二十分間が過ぎて行った。

「あと十秒」

 秒読みが開始される。

「八・七・六・五・四・三・二……」

 一瞬の沈黙に緊張。

「……だめか……」

 一斉にため息。

 ――一体なんなんだ。この女。

 全員が顔をしかめたその時だった。

「数値! 七十九!」

「!」

 突然のことだった。突然、モニターの数字が高数値を示す。

「イメージ解析!」

 松田が声を上げて指示を出すと、井上は大きく頷いた。

「はい!」

 一方で緑堂が数値を読み上げ続ける。

「数値八十、七十九……八十三……八十、七十八、七十四……」

 フラフラ揺れる数値を追う。

「ずっとAゾーンを指しています!」

「なんなんだこの女……」

 河口が思わず声を漏らす。それは全員が心の中で思った言葉。

「河口さん、感心せずにバイタルメータ見ててください。レッド指したら……」

 井上が顔を上げて言うと、「わかってるよ!」と河口ががなった。

「マツリさん……」

 松田は汗を滲ませてマツリを見つめた。



 ――突然の襲来だったと思う。

 いつのまにか頭に流れ込む画が、私の世界から切り取られたそれになった。

 メグが見えた。楓が見えた。椎名先生が見えた。その都度、心臓が揺さぶられた気がした。学校、帰り道の繁華街、いづみ。灰色の世界、色つきの世界。その両方がいっぺんに頭の中にぶち込まれた感触。さっきなんかよりいっそう。いっそう気持ち悪くなった。反吐へどが出そうだ。汗ばむ掌を握りしめる。

 ――苦しい。

 こんな苦しい想いを、メグはたくさんしたのか。終止符をひどく求める自分が、とても哀れに見えた。いつまでも揺さぶられ続ける心臓が痛い。

 やめてほしい。見たくない、見たくない。見せないで。怖いのだ。

 この切り取られた世界の断続的な通過が、どうしようもなく怖いのだ。だってこんなにも、私の世界を映すのだ。

 次にくるものが、怖い。

 どうしよう。あの世界の端っこだったら。

 どうしよう。血まみれの居間だったら。

 どうしよう。楓の死体だったら。

 どうしよう。



「なんなんだ……こいつは」

 河口はもう一度呟いた。知らぬ間に額から汗が滲んでいる。

「コモンイメージの時はずっと無反応だったくせに……。今度はずっと高数値で止まってやがる」

「そっちの数値は」

 松田が緑堂に訊く。

「ずっと八十」

 松田は眉をひそめた。

「……無反応に近いですよ、コレじゃあ」

「河口さんの方は……」

「大丈夫です。各数値、高めですが、レッドには振り切ってません」

「そうですか。あ、井上さん」

 井上は顔を上げた。長い髪を縛ったその男は、一見女性のようにも見える。

「もうすぐ終わります。水を持ってきてくれますか」

「はい」

 井上は立ち上がってラボを出ると、すぐにコップを片手に帰ってきた。マツリはかれこれ九時間半無休であの装置に座らされている。松田なりの配慮らしかった。


 ビ――――――――――――!!


 けたたましい音が鳴り響いた。

「終わりかよ……」

 河口が首を鳴らし、立ち上がる。

「ずいぶん、メモリーイメージ少ないですね」

 緑堂がいくつかのスイッチをいじりながら呟いた。

「そうですね。彼女の調査については担当者に任せていましたが、現時点では大した情報は得られなかったようですから」

 松田がそう言うと、緑堂はふうと息をついて頷いた。

「ま……なかなか、興味深いデータが取れましたけど」

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