6
「異常だな」
「ええ」
機械音が鳴るラボで、白衣の男たちは顔をしかめた。
「どうした?」
「時雨さん」
様子を見に来た時雨に松田が振り返る。
「異常が?」
「いえ、まぁ、異常というか。正常値なんですけど……」
「……?」
歯切れが悪い。
「何にも反応しないんですよ、彼女の脳」
「なんだと……?」
時雨はモニターの前まで移動し、その結果を見つめた。
「脳とのコネクトは……」
「100%コネクトに成功してます。それにも関わらず、彼女の脳の数値は常にグリーンゾーンを指しています。常に、同じ数値を」
「……常にだと?」
「数値は正常ですが、何にも反応しない脳は、異常です」
「他のブラックカルテ達には、現われなかった現象だ」
「今の所は、ですけどね」
時雨は頷いて小さく息をつく。
「まだ三時間だ。引き続きチェックしろ。少しでも変化があれば呼べ」
「はい」
指示をして時雨が部屋を出ると、松田ははっと息を吐き、マツリを見つめた。
マツリの座る椅子、覆う機械、頭に被った大きな装置は、いづみがあの日座らされかけた椅子だった。
「……異常ですけどね、これ自体も」
――どうしてだろう 何も感じないのは。
いつからだろう 何も痛くないのは。
ずっと空っぽだった。
私はただ穏やかに画像が流れる世界に突っ立ってる。
体の上を下を横を、ゆらんゆらんといろんな
……メグは今、なにしてるかな。
また眉間にしわ寄せてるのかな。
メグも此処に居たことがあるかな。
気持ち悪いくらいの世界。酔いそうな。
終止符を、ひどく求めてしまうような。
こんな世界。
「七時間だ」
「数値は」
「依然正常です」
松田はため息をついた。
「松田さん、大丈夫ですか」
「……あぁ、まぁ、慣れっこですから」
松田はにこっと笑った。
「メモリーイメージ挿入完了です。コモンイメージが終わり次第、移行します」
機械をいじってた男がそう告げる。
「流石にそれには彼女も反応するはずです」
メモリーイメージは、被験体本人の周りに関連する画を指す。例えばメグだとか、高校だとか、そういう個人に基づいて選ばれた画で、一般的にどの被験体もこのメモリーイメージには高い反応値を示す。
「河口さん、井上さん、
「はい」
松田は柔らか笑うと、すっと外に出ていった。
「……松田さん、疲れてるな」
「あぁ」
河口と呼ばれていた男がぽつりと呟くと、緑堂も頷いた。
「どうしてですか?」
機械をいじっていた井上が首を傾げる。
「あの人は今新しいプログラムを開発してるとかで、寝てないんだってよ」
「新しい……?」
「さぁ? どんなのかは知らないけど、どうせ、こういう頭イカレそうなものだろ。ヌメロゼロ用のな」
「タバコ吸いてぇなー」
「河口さん、禁煙ですよ。館内」
「わぁってるよ。おい、緑堂」
真面目な井上にうんざりしながら、河口は緑堂に声をかける。
「なんですか?」
「数値は」
「一定です」
「つまんねぇな……」
「そもそも、つまるものでもないでしょう」
緑堂が淡々と答えると、河口はいよいよ眉間にしわを寄せて深いため息をついた。
「……まぁな」
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