「異常だな」

「ええ」

 機械音が鳴るラボで、白衣の男たちは顔をしかめた。

「どうした?」

「時雨さん」

 様子を見に来た時雨に松田が振り返る。

「異常が?」

「いえ、まぁ、異常というか。正常値なんですけど……」

「……?」

 歯切れが悪い。

「何にも反応しないんですよ、彼女の脳」

「なんだと……?」

 時雨はモニターの前まで移動し、その結果を見つめた。

「脳とのコネクトは……」

「100%コネクトに成功してます。それにも関わらず、彼女の脳の数値は常にグリーンゾーンを指しています。常に、同じ数値を」

「……常にだと?」

「数値は正常ですが、何にも反応しない脳は、異常です」

「他のブラックカルテ達には、現われなかった現象だ」

「今の所は、ですけどね」

 時雨は頷いて小さく息をつく。

「まだ三時間だ。引き続きチェックしろ。少しでも変化があれば呼べ」

「はい」

 指示をして時雨が部屋を出ると、松田ははっと息を吐き、マツリを見つめた。

 マツリの座る椅子、覆う機械、頭に被った大きな装置は、いづみがあの日座らされかけた椅子だった。

「……異常ですけどね、これ自体も」



 ――どうしてだろう 何も感じないのは。

 いつからだろう 何も痛くないのは。

 ずっと空っぽだった。

 私はただ穏やかに画像が流れる世界に突っ立ってる。

 体の上を下を横を、ゆらんゆらんといろんなが流れて行くけれど、私は同じ場所で取り残される、そんな世界。

 ……メグは今、なにしてるかな。

 また眉間にしわ寄せてるのかな。

 メグも此処に居たことがあるかな。

 気持ち悪いくらいの世界。酔いそうな。

 終止符を、ひどく求めてしまうような。

 こんな世界。



「七時間だ」

「数値は」

「依然正常です」

 松田はため息をついた。

「松田さん、大丈夫ですか」

「……あぁ、まぁ、慣れっこですから」

 松田はにこっと笑った。

「メモリーイメージ挿入完了です。コモンイメージが終わり次第、移行します」

 機械をいじってた男がそう告げる。

「流石にそれには彼女も反応するはずです」

 メモリーイメージは、被験体本人の周りに関連する画を指す。例えばメグだとか、高校だとか、そういう個人に基づいて選ばれた画で、一般的にどの被験体もこのメモリーイメージには高い反応値を示す。

「河口さん、井上さん、緑堂リョクドウさん、僕はちょっと席を外すので、見といてもらえます?」

「はい」

 松田は柔らか笑うと、すっと外に出ていった。

「……松田さん、疲れてるな」

「あぁ」

 河口と呼ばれていた男がぽつりと呟くと、緑堂も頷いた。

「どうしてですか?」

 機械をいじっていた井上が首を傾げる。

「あの人は今新しいプログラムを開発してるとかで、寝てないんだってよ」

「新しい……?」

「さぁ? どんなのかは知らないけど、どうせ、こういう頭イカレそうなものだろ。ヌメロゼロ用のな」

 揶揄やゆめいた言葉を並べ、河口はため息をついた。

「タバコ吸いてぇなー」

「河口さん、禁煙ですよ。館内」

「わぁってるよ。おい、緑堂」

 真面目な井上にうんざりしながら、河口は緑堂に声をかける。

「なんですか?」

「数値は」

「一定です」

「つまんねぇな……」

「そもそも、つまるものでもないでしょう」

 緑堂が淡々と答えると、河口はいよいよ眉間にしわを寄せて深いため息をついた。

「……まぁな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る