2
深夜を回った。今日という日は過去になる。
「メグ」
静まり返った部屋の中、マツリが呼ぶ。
「寝た?」
振り向かないし、返事もない。
「…………はぁ」
ため息をついた。青い暗闇の中、メグの背中を見つめる。
手は繋いでいない。メグの家には予備の布団がなかったため、マツリがメグのベッドを使い、メグが布団代わりにいろんな物を床に敷いて眠りについたからだ。
「全部なくなればいいのに」
マツリが小さな声で呟いて天井を見た。
背中越しの弱音に、メグは目を開け、暗闇を見つめる。
「なんで……私なんかを生んだんだろう」
最大限の恨み言を呟いたマツリはゆっくりと目を閉じた。そのまま、まぶたに映る暗がりを感じてみる。
沈黙が嘘みたいに耳に心地よくて、このままずっと眠れそうだと思った。ゆっくりと眠りに落ちていく、その感覚は嫌いじゃない。
ギッ……
「…………」
きしむ音に、目を開けた。
「――……メ」
メグがいた。すぐそこに。ベッドに手をついて、マツリを覗き込む格好で。
驚いたマツリは身を起こそうとするが、メグはどこうとはしなかった。
「お前も」
「えっ」
メグの茶色がかった眼の色が深海のようで、マツリは思わずその瞳を見つめてしまった。
「お前も、弱音とか吐くんだな」
「……ひとなみに」
ギ……――と、またベッドがきしみ、マツリは体をこわばらせた。
「メ……っ」
名前を呼ぼうとした瞬間、コツっと額に柔らかい衝撃が走る。メグが額を寄せたのだ。
「……なに」
マツリが不思議そうな顔をした。
「お前だってこの前こうやっただろ」
「…………。起きてたの」
「ぼんやりと」
「……意地悪い」
「それはお前だろ」
「悪くない」
ガキかよ。なんだこの会話。メグは少し
「ちゃんと寝ろよ。明日から……疲れるから」
「……うん。大丈夫」
メグが少し意地悪な顔でふっと微笑み、もう一度マツリの額におでこをぶつけると、マツリの髪の毛に触れながら起き上がった。そして、何事もなかったかのようにベッドから離れていった。
「…………意地悪い」
マツリはバクバク鳴る心臓を押さえつけながら呟いた。
――だってほんとに今度こそキスされると思った。
***
朝が来ると、自然と目が覚めた。
こういう朝って時々ある。やけに空が綺麗なんだ。
「…………今日か」
さすがにこの呟きはメグにも聞こえなかったらしい。彼はまだぐっすりと眠ってた。マツリはベッドをすり抜けて、メグの顔が見える所にちょこんと座った。
「さよなら。かも、しれないね」
――ねぇ、メグ。
あの時、寝てたメグは知らないと思うんだけど、私、少しだけ怖くなって、泣きそうになったんだ。だから、メグの寝顔見て、落ち着きたかったんだ。
あの時、寝てたメグは知らないと思うんだけど、私、メグの頬にキスをした。
寝ててくれて本当に良かった。だってその後、二、三粒の涙が頬を転がったんだ。
苦しさとか、愛しさとか、変な感じで、心臓が変な動きをしていた。
ガチャン。
戸が閉まる音がして、カーテンから光が漏れた。その音と光でメグが目を覚ます。
「…………。マツリ……?」
部屋を見渡せど、彼女の姿はない。
「マツリ!」
ガバッと起き上がって叫んだ。そして、鍵のかかっていない玄関の扉を乱暴に開く。
「マツリ!!」
勢いよくマンションの廊下から下の通りを見下ろすと、彼女はまだそこにいた。顔を上げて、三階のメグを見ていた。
「メグ……」
「なにしてんだよお前! 卑怯だぞ! 寝てる隙に……!」
「ごめん」
マツリは静かに言った。
「どうしても行きたいところがあるの」
「何処へ……!」
「一人で行きたいところ」
それだけ言うと、マツリはメグから目を背け、歩きだした。
彼は何度もマツリを呼んだ。けれど、彼女は最後まで振り返ることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます