深夜を回った。今日という日は過去になる。


「メグ」

 静まり返った部屋の中、マツリが呼ぶ。

「寝た?」

 振り向かないし、返事もない。

「…………はぁ」

 ため息をついた。青い暗闇の中、メグの背中を見つめる。

 手は繋いでいない。メグの家には予備の布団がなかったため、マツリがメグのベッドを使い、メグが布団代わりにいろんな物を床に敷いて眠りについたからだ。

「全部なくなればいいのに」

 マツリが小さな声で呟いて天井を見た。

 背中越しの弱音に、メグは目を開け、暗闇を見つめる。

「なんで……私なんかを生んだんだろう」

 最大限の恨み言を呟いたマツリはゆっくりと目を閉じた。そのまま、まぶたに映る暗がりを感じてみる。

 沈黙が嘘みたいに耳に心地よくて、このままずっと眠れそうだと思った。ゆっくりと眠りに落ちていく、その感覚は嫌いじゃない。


 ギッ……


「…………」

 きしむ音に、目を開けた。

「――……メ」

 メグがいた。すぐそこに。ベッドに手をついて、マツリを覗き込む格好で。

 驚いたマツリは身を起こそうとするが、メグはどこうとはしなかった。

「お前も」

「えっ」

 メグの茶色がかった眼の色が深海のようで、マツリは思わずその瞳を見つめてしまった。

「お前も、弱音とか吐くんだな」

「……ひとなみに」

 ギ……――と、またベッドがきしみ、マツリは体をこわばらせた。

「メ……っ」

 名前を呼ぼうとした瞬間、コツっと額に柔らかい衝撃が走る。メグが額を寄せたのだ。

「……なに」

 マツリが不思議そうな顔をした。

「お前だってこの前こうやっただろ」

「…………。起きてたの」

「ぼんやりと」

「……意地悪い」

「それはお前だろ」

「悪くない」

 ガキかよ。なんだこの会話。メグは少し可笑おかしくなって、笑った。

「ちゃんと寝ろよ。明日から……疲れるから」

「……うん。大丈夫」

 メグが少し意地悪な顔でふっと微笑み、もう一度マツリの額におでこをぶつけると、マツリの髪の毛に触れながら起き上がった。そして、何事もなかったかのようにベッドから離れていった。

「…………意地悪い」

 マツリはバクバク鳴る心臓を押さえつけながら呟いた。

 ――だってほんとに今度こそキスされると思った。


 ***


 朝が来ると、自然と目が覚めた。

 こういう朝って時々ある。やけに空が綺麗なんだ。


「…………今日か」

 さすがにこの呟きはメグにも聞こえなかったらしい。彼はまだぐっすりと眠ってた。マツリはベッドをすり抜けて、メグの顔が見える所にちょこんと座った。


「さよなら。かも、しれないね」


 ――ねぇ、メグ。

 あの時、寝てたメグは知らないと思うんだけど、私、少しだけ怖くなって、泣きそうになったんだ。だから、メグの寝顔見て、落ち着きたかったんだ。

 あの時、寝てたメグは知らないと思うんだけど、私、メグの頬にキスをした。

 寝ててくれて本当に良かった。だってその後、二、三粒の涙が頬を転がったんだ。

 苦しさとか、愛しさとか、変な感じで、心臓が変な動きをしていた。



 ガチャン。


 戸が閉まる音がして、カーテンから光が漏れた。その音と光でメグが目を覚ます。

「…………。マツリ……?」

 部屋を見渡せど、彼女の姿はない。

「マツリ!」

 ガバッと起き上がって叫んだ。そして、鍵のかかっていない玄関の扉を乱暴に開く。

「マツリ!!」

 勢いよくマンションの廊下から下の通りを見下ろすと、彼女はまだそこにいた。顔を上げて、三階のメグを見ていた。

「メグ……」

「なにしてんだよお前! 卑怯だぞ! 寝てる隙に……!」

「ごめん」

 マツリは静かに言った。

「どうしても行きたいところがあるの」

「何処へ……!」

「一人で行きたいところ」

 それだけ言うと、マツリはメグから目を背け、歩きだした。

 彼は何度もマツリを呼んだ。けれど、彼女は最後まで振り返ることはなかった。

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