「お父さんが、国光にいたっていうんなら、きっと国光関係のものが家にあるはずだよね」

 マツリが箪笥や棚にある古い荷物を手に取りながら呟く。

「……どうかな。国光を相手にして隠れんぼやってるくらいだから、証拠は残さないだろ」

「そっか。なんだっけ、お父さん。研究者だったんだっけ」

「らしいな」

 じゃああの工場はいったい何だったのだろう。国光のものでは確実にない。この書類もある意味、ブラフなのかもしれない。

「国光には入れるくらいの研究者……」

 マツリは暫らく考えた。

「大学、学会……みたいなところで名をせてたり、してたかもだよね」

「なるほどな」

 マツリは思い立ったように携帯端末を取出し、検索をかけ始めた。

「生物学・医学・化学が有名な大学……」

「俺大学のこととか、知らねぇよ」

「一番近い大学は、都東ととう大学……」

「明日、行ってみるか」

 メグが提案するとマツリは頷いた。

「……ねぇメグ」

 マツリはメグを見ずに言う。じっと携帯の画面を見つめながら。

「自分を知るのが怖いって思った事、ある?」

「……今日は、よく質問してくるな」

 マツリは黙りこんだ。そんなマツリを見つめてメグは小さく息をつき、答えた。

「当たり前だろ。人間一番分からないのは、自分のことなんだから」


 ――私の名前は大蕗 祀です。歳は十七歳です。私には家族がいません。

 自分でも自分に関しては分からないことだらけだ。だけどやっぱり、私はきっと化け物なんだって、心のどこかでずっと思ってた。それを国光に突きつけられて、急に怖くなってしまった。

 うっすら見えていたけれど知らないままで良かった真実を、他人につき付けられる恐怖。

 自分を剥き出しにされてしまう恐怖。

 自分を知るという、恐怖。

 けれど行かなければならないのだ。

 この決意は半ば、強迫観念のようでもあった。


「ブラックカルテの数は十三人」

 メグがポツリと呟いた。マツリは顔を上げてメグを見る。

「俺と楓。それから、俺があそこにいる間に二人入ってきたのを知ってる」

「二人……」

「確か一人はイタリア人で、一人がイギリス人だったかな」

「外国」

「多分日本人は俺と楓くらいだろ」

 マツリはため息をついた。

「きっとどの人も、メグみたいに苦しい思いをしたんだよね」

 メグは何も答えずに出されていたお茶をすすった。


 その夜は、手を握って眠りに落ちた。

 左手と右手。二枚の布団に二枚のタオルケット。

 ただ子どものように、彼らは眠った。

 ただ子どものように、彼らは笑った。

 ただ子どものように、彼らは泣いた。

 何が待ってるか知らない。

 何を持ってるか知らない。

 何も待ってないかもしれない。

 何も持ってないかもしれない。

 ギリギリの接点が与えてくれる温もりで、今だけは、苦しさを忘れたかった。


 ――ねぇ、メグ。

 目が覚めたら側にメグがいて、メグの目に溜まる涙を見た。だから、息が詰まって、もう一回眠りについたんだ。手は離さないまま。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る