「帰ろ、メグ」

 マツリは屋上の扉を開き声をかけた。

 空、フェンス、それからメグ。それしか見えない世界。此処はなんだか自分の家のような気がした。

「……おぉ」

 振り向いたメグの髪がさらさら揺れて、一瞬胸がはねたのは、内緒にしておこう。

 二人で校門を出て、繁華街を抜け、ガードまで歩いた。ほとんど無言のまま。

 そうして分かれ道に差し掛かった時、マツリが口を開いた。

「ねぇ。まだ左手、うずく?」

「……いや」

「そう。だから手を繋いでも大丈夫だったんだね」

 一瞬の沈黙。

 それでも気を緩めたりはしない。そのことは彼女の顔を曇らせると分かっていた。だから、黙った。

「明日サボろうよメグ」

「お前からサボリの誘いかよ」

「あれ、いつもメグが誘ってた?」

「勝手にサボってたのはお前だろ。誘ってねぇ」

 呆れた顔で否定する。

「構わないけど、なんだよ」

「お父さん」

 その言葉にピクリと眉を動かし、メグが顔を上げた。

「お父さんの秘密。知りたいから」

「……探すのか」

「手がかりくらい、自分でも見つけたいだけ」

「…………」

 沈黙。

「だめ?」

「いや。構わねぇ」

「ありがと」

 また沈黙。しつこいくらいの沈黙。再びマツリが破る。

「ねぇメグ」

「なんだよ」

「今日、手繋いで寝ようよ」

 メグが変な顔をした。

「何言い出すんだよお前は!!!」

 ――なに、その動揺。

「え、問題あるかな」

「おま……! 本当に女かよ!!」

「一応」

 ――あぁちくしょう。なんなんだこいつは。本当に襲ってやろうかバカヤロウ。

 メグはぐらぐらする頭を掻いた。

「別に一緒の布団に入るわけじゃないのに」

「そういう問題じゃねぇんだよ」

「どういう問題なの?」

「……っ! もういい!! おら!」

 メグがマツリの手を少し乱暴にひっぱった。

「!」

「父親探すなら今日からしようぜ、いっそ」

「……うん」

 その手はやっぱり温かくて、マツリは大人しく引っ張られることにした。


 ***


「楓がいたんだってな」

 マツリの家にあがりながらメグが呟く。楓が死んだ朝のことだ。

「……うん。リビングに血の付いた服とかがあった。全部綺麗にしたけどね」

「家の中で鉢合わせなくてよかったな」

「そうだね。冷蔵庫の中が荒れてたから、多分お腹がすいてたんだよ」

 マツリは淡々と喋った。まるで傷を無視するように。

 そして一階の和室に入り、箪笥たんすを開いた。

「誰の血だったのかな……」

「あいつの化け物が、研究所の人間を何人も殺してる。街に出るために一人人質にしたって聞いた。近くで死体で発見されたらしいから多分そいつの血だろ」

「……あの日の朝、私にはお母さんの声が聞こえた気がした」

「…………」

「あれも、化け物がやったのかな……」

「……どうかな」

 ――私は、おかしいのかもしれない。

 マツリは頭を小さく振って、薄々感じてたその疑念を振り払った。

「あ、コレ。あの工場のことを知った書類」

 マツリはひきだしから古い書類を発見し、取り上げた。

「……へぇ」

 契約書のようなその紙に、たしかにあそこの住所があった。

「お父さんの、保険証とかいないかな……」

 ゴソゴソとマツリは箪笥の中を漁る。箪笥はなつかしいような、古臭いような匂いがした。

「ねぇメグ。メグは自分のお父さんとお母さんがどこで出会ったかとか、知ってる?」

 マツリがひきだしをあさりながらメグに尋ねる。メグは少し考えてから、「知らねぇ」と答えた。

「……お父さんは、どうしてお母さんを捨てたのかな」

 メグは黙った。それはメグには答えられない質問だからだ。マツリもきっと、メグに向かって問いかけているわけではないからだ。

「どうして、私を置いていったのかな」

 メグはただ目を細めてその問いを聞いた。彼女があまりに淡々としていて、逆に悲しくなったのだ。

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