7
「帰ろ、メグ」
マツリは屋上の扉を開き声をかけた。
空、フェンス、それからメグ。それしか見えない世界。此処はなんだか自分の家のような気がした。
「……おぉ」
振り向いたメグの髪がさらさら揺れて、一瞬胸がはねたのは、内緒にしておこう。
二人で校門を出て、繁華街を抜け、ガードまで歩いた。ほとんど無言のまま。
そうして分かれ道に差し掛かった時、マツリが口を開いた。
「ねぇ。まだ左手、
「……いや」
「そう。だから手を繋いでも大丈夫だったんだね」
一瞬の沈黙。
それでも気を緩めたりはしない。そのことは彼女の顔を曇らせると分かっていた。だから、黙った。
「明日サボろうよメグ」
「お前からサボリの誘いかよ」
「あれ、いつもメグが誘ってた?」
「勝手にサボってたのはお前だろ。誘ってねぇ」
呆れた顔で否定する。
「構わないけど、なんだよ」
「お父さん」
その言葉にピクリと眉を動かし、メグが顔を上げた。
「お父さんの秘密。知りたいから」
「……探すのか」
「手がかりくらい、自分でも見つけたいだけ」
「…………」
沈黙。
「だめ?」
「いや。構わねぇ」
「ありがと」
また沈黙。しつこいくらいの沈黙。再びマツリが破る。
「ねぇメグ」
「なんだよ」
「今日、手繋いで寝ようよ」
メグが変な顔をした。
「何言い出すんだよお前は!!!」
――なに、その動揺。
「え、問題あるかな」
「おま……! 本当に女かよ!!」
「一応」
――あぁちくしょう。なんなんだこいつは。本当に襲ってやろうかバカヤロウ。
メグはぐらぐらする頭を掻いた。
「別に一緒の布団に入るわけじゃないのに」
「そういう問題じゃねぇんだよ」
「どういう問題なの?」
「……っ! もういい!! おら!」
メグがマツリの手を少し乱暴にひっぱった。
「!」
「父親探すなら今日からしようぜ、いっそ」
「……うん」
その手はやっぱり温かくて、マツリは大人しく引っ張られることにした。
***
「楓がいたんだってな」
マツリの家にあがりながらメグが呟く。楓が死んだ朝のことだ。
「……うん。リビングに血の付いた服とかがあった。全部綺麗にしたけどね」
「家の中で鉢合わせなくてよかったな」
「そうだね。冷蔵庫の中が荒れてたから、多分お腹がすいてたんだよ」
マツリは淡々と喋った。まるで傷を無視するように。
そして一階の和室に入り、
「誰の血だったのかな……」
「あいつの化け物が、研究所の人間を何人も殺してる。街に出るために一人人質にしたって聞いた。近くで死体で発見されたらしいから多分そいつの血だろ」
「……あの日の朝、私にはお母さんの声が聞こえた気がした」
「…………」
「あれも、化け物がやったのかな……」
「……どうかな」
――私は、おかしいのかもしれない。
マツリは頭を小さく振って、薄々感じてたその疑念を振り払った。
「あ、コレ。あの工場のことを知った書類」
マツリはひきだしから古い書類を発見し、取り上げた。
「……へぇ」
契約書のようなその紙に、たしかにあそこの住所があった。
「お父さんの、保険証とかいないかな……」
ゴソゴソとマツリは箪笥の中を漁る。箪笥はなつかしいような、古臭いような匂いがした。
「ねぇメグ。メグは自分のお父さんとお母さんがどこで出会ったかとか、知ってる?」
マツリがひきだしを
「……お父さんは、どうしてお母さんを捨てたのかな」
メグは黙った。それはメグには答えられない質問だからだ。マツリもきっと、メグに向かって問いかけているわけではないからだ。
「どうして、私を置いていったのかな」
メグはただ目を細めてその問いを聞いた。彼女があまりに淡々としていて、逆に悲しくなったのだ。
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