4
朝はあっけなくやってくる。
光が部屋に入ってきて、目を開ける。朝はいつも、そうやって始まるのだ。
「此処……」
目を覚ましたマツリが小さな声で呟いた。そしてゆっくりと起き上がり、ベッドにもたれかかって座ったまま眠っているメグに目を止める。
「……ん……」
そのメグも朝日に邪魔されて、目を覚ましたようだった。
「……っあ!」
メグが意識を取り戻すと同時に声を上げ、思いっきり身を起こすと、こちらを見ていたマツリともろに目があった。
でも。
「……マ……――」
――でも、変だな。
「あなた……」
マツリが声を漏らす。
――変だ。
「……マツリ?」
「あなた……誰?」
――左手が、疼かない。
「――な、に……言ってんだよ、マツリ……」
「誰……」
それは、初めて会った時のままのまっすぐな眼だった。そこに怯えは一切ない。
「どうして、私の部屋にいるの? ……というか、どうして私は部屋にいるの?」
マツリは不思議そうに部屋を見渡していた。
そんな彼女を見て、メグの頭がガンガンと鳴っていた。なにかに打たれたような音が脳内で響く。
「お前……、俺が、怖くねぇのか……?」
恐る恐る、
「……どうして? 家の中にいるのは、驚いたけれど」
彼女は首を傾げた。
「俺が誰か、わかんねぇのか……?」
「知らない。あなたは誰?」
「
「……ごめんなさい」
マツリは少しだけ申し訳なさそうに顔をしかめた。冗談ではない。
「あなたが私を運んでくれたの? 私、どうして此処に……――」
決定的に。メグは気づいてしまった。これは防衛本能の欠如した、出会った頃のマツリだと。
「……いづみは?」
「え?」
「いづみのことは、分かるのか……?」
「いづみ……? 高橋 いづみのこと?」
「
「……椎名先生のこと?」
――忘れてしまったのは、俺だけだった。
***
「人間は弱い生き物だな、メグ」
どっかの物語で出てきそうな台詞をぬかした椎名を、メグはバツが悪そうに睨んだ。マツリの異常に
「消すしかなかったんだよ」
消去法的結論を、椎名が告げる。
「
「……知らねぇよ」
「挙げられる例のひとつにすぎないが、虐待などの辛い経験や記憶を自分が作り上げた『誰か』に押し付けることで、自己を守ろうとするのさ。生きるために、頭の中の情報を操作してしまう。人間に携わった生存本能だ。そう珍しいことじゃない」
椎名の白衣の
「きっと……自己の精神を保つには、お前を消すしかなかったんだよ。メグ」
「マツリは……ッ」
反論を探した。だけど、無かった。
「あの子は強いさ」
強い眼で怖いくらいの
「だけど覚えとけよ、メグ。人間は弱いんだ」
メグは感情をあらわにして、眉間にしわを寄せた。
「どうしたら……――」
「お前が聞くのか? マツリは、お前を消したかったんだぞ?」
それは、これ以上ない
「今はお前が何をやったって、苦しめるだけだ」
そして、残酷な正論だった。
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