2
「ほらっ、此処!」
連れて行かれた先は体育館裏。
「ね。いいとこっしょ」
「こんなところあったんだ……」
「ほらっ座りなよ。平均台あるから」
「あ、うん」
すでに彼女は座ってパンを広げている。マツリも赤い平均台に腰を掛けて、パンの袋を開けた。
「……あ。改めて。この前は、ありがとう……ございました」
マツリが
「え? あー。いいのいいの。周りの奴らが動かないからさぁ」
「メグだから……」
「ん? なに? メグって」
「えっ。あの、運んだ男の子……」
「……あーっ。あれが噂のメグだったんだ!?」
ああ、知らなかったんだ。そっか。だから……。マツリは納得した。
「ふーんっ。今元気なのあいつー」
「うん。もう平気みたい」
「良かったねっ」
彼女は輝く笑顔でにかっと笑った。だから、すこし呆気に取られた。
「……怖くないの?」
マツリが何度も言われてきた言葉を、今度はマツリが言った。変な気がした。
「え?」
「メグのこと、周りの連中みたいに……」
「あー。うん。だって別に私が何されたわけじゃないしっ。普通の男の子なんでしょー?」
「……うん」
「あ。ごめん。名前なんだっけ」
今更か。
「大蕗 祀」
「オオフキ マツリ? 私、
「リョウ」
「そ。よろしく」
「……よろしく」
「私二年だよ。あんま学校来てないけど」
「私も二年。深町先生のクラス」
「あー。あの化学のーっ? あはは。私担任の名前わかんない。
「えぇ……。
「いいよ。そしたらもう一年やる」
あっさりとしすぎてる。軽やかで、明るい。背の高い、可愛い女の子。マツリはそんなリョウの言動に、言い得ない好感を抱いてしまった。
「……で、どーしたの?」
「え?」
マツリは振り向いた。一瞬、何も考えてなかったので、
「なんかずっとぼーっとしてるからさぁ。もしかして天然ボー子?」
「……違う」
まぁ、ぼーっとしてる方ではあると思うけど。
「なに、悩み? よけりゃあ聞くよ!」
随分軽く相談を請け負う。マツリは少々
「……人の触れちゃいけないところに、触れてしまったら、リョウなら。どうする?」
「んー?」
彼女は首を傾げて考え出した。
「それ、触ったら怒られたの?」
「……うん」
「んー」
彼女はぎゅうっと眉を寄せて考えた。その綺麗な色の髪が、太陽できらきらと光った。
「悪気があって触ったの?」
「違う……」
「ならどうして?」
「…………」
――どうして?
「……なんでだろ」
「問題はそこだよ」
にこっとリョウが笑った。マツリは一瞬黙り、そして「ありがとう」と呟くとパンを頬張った。
――会いに行こうと思った。
食事を終えるとマツリは走り出していた。教師達に見つかったら
廊下。職員室。中庭を抜けて。
――メグに会いに行こう。だって、リョウは加えてこう言った。
「傷つけてしまったんなら、謝れば良いじゃん。許してもらうためじゃなく。心から謝ればいいんだよ」
謝らなくちゃ。許してほしいからじゃなくて、傷つけたことを。伝えなくちゃ。傷つけるつもりなんてなかったことを。許さなくたって良いから、申し訳ないと思っていることを。
「あれぇ? マツリじゃん」
マツリはギクリとして脚を止めた。金髪の保険医、
「……こんにちは」
「こんにちは。なに? どうしたの。そんなに走って」
「あ……。メ……。あの……先生」
マツリは
「ん?」
「メグが、その……病院で左手の化け物を出したのって……何に使ったんですか」
「……聞いてどうするの?」
「どうする……とかは」
マツリはあからさまに目を逸らした。そんな彼女の後ろ髪を引くなにかに気が付かないふりをして、椎名はため息をついた。
「傷つけたんだよ。自分の母親を」
「えっ」
マツリの耳の奥でびしっと、何かにヒビが入る音がした。あの手が、あの化け物が、自分の母親を傷つけた。それは想像していたよりもずっと、凄惨な話だったからだ。
「そ……」
「母親がどうなったか、知りたい?」
「そんな……」
「事実だよ」
その言葉はずしっとマツリの意識を逃がさないよう
そのタイミングで鐘が鳴った。昼休みが終わる。
「お母さんは……」
分かってたのに。訊ねてしまった。
「亡くなったみたいだよ」
聞いてはいけないって、分かっていたのに。聞かなくたって、結末は分かっていたのに。
マツリは何も言わず腰を折り、また走り出してしまった。
――私はなんて最低なんだろう。
人を傷つけて。謝る相手を前に少しでも安心しておきたくて、他人を詮索して。
分かっているのに。そんなことをする権利がないことを、理解しているのに。
私の方がよっぽど化け物だ。容易に人を傷つける。メグの化け物と変わりはしない。
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