8
翌日、いづみは合宿に行ってしまったため、学校には来なかった。
メグは今日も学校にいない。
「はぁ……」
マツリはため息をつく。
暇だった。マツリの仲の良い友人はいづみくらいだったし、他の女子とは話さないこともないが、メグの一件から遠巻きにされていた。マツリは昼休みになると教室での居場所が無くなってしまうのを察して、パンを持ち、廊下に出た。
廊下を歩けば相変わらず多少は好奇の目にさらされるが、もう彼らの関心もそんなに自分には向いていないようだった。もしかするとマツリが慣れただけかもしれないが。
コンコン……
薄暗い室内、彼はノックの音で体を起し、戸が開く音で立ち上がった。
「失礼します」
「やぁ」
保健医はマツリに微笑みかける。マツリは小さく会釈をして保健室に入室し、ドアを閉めた。相も変わらず薄暗い保健室、もとい、プライべートルームだ。
「怪我かい?」
「いえ」
マツリはそう呟くと、じいっと保健医の眼を見つめた。
「暇だから。話でも、しませんか」
保健医は少しだけ目を丸くし、美しい顔で無邪気に笑った。
「……ははっ! 女の子に誘われるのは久しぶりだ」
そういうジョークはシカトして、マツリはソファに腰掛けると、袋からパンを引きずり出した。しかし、なかなか強引な態度で「話をしよう」と言ったのは彼女なのに、しばらく無言が続いた。待っていても彼女は何も言わないだろうと察したのか、彼は微笑みながら「なに?」と言った。
「……納得いかなくて」
「納得?」
「私を怖いって言ったその理由に、納得がいかなくって」
「……あぁ」
保健医は肩をすくめた。マツリは少々気を使うように彼を見つめる。
「……先生のその……」
「どうしてこうなったかって?」
マツリは頷く。小さく、一度だけ。
「それを聞きたかったら、此処じゃ駄目だよマツリ」
「え」
「聞きたかったら、此処においで。今夜」
彼は何かを付箋に書いてよこした。それを受け取ったマツリはその文字を見て首を傾げる。
「此処って……」
彼はにこっと微笑むだけで、もうそれ以上は何も告げる気がないように見えた。マツリは諦めてその紙をポケットにしまい、パンに噛みついた。
***
昼休みの終わりを告げる鐘の音と同時に、マツリは屋上の重い扉を開いた。
ビュオ……!
その瞬間大きな風がマツリの顔を吹き撫ぜ、マツリは思わず目をつむった。目を開くと、メグがにっと笑って振り向いていた。
「なんだよマツリ。最近サボリが多いんじゃねぇ?」
彼の言うとおり、もう五限は始まっている。ライティングだ。
「いたんだ」
「会いたかったか?」
「……別に」
正直な回答だったが、いづみもメグもいなくて暇だと感じていたことは、心の内で認めた。
「さっき保健室に行ってきた」
「なんでまた」
メグが怪訝な顔をした。保健室というと顔をしかめて不機嫌になるようだ。単純にも。
「先生のこと……先生が、なんでああなったのか。知りたかったから」
「……お前ってさ」
マツリがメグの傍に腰を降ろすと、メグは彼女の顔をまじまじと見つめた。
「興味に向かって暴食するみてぇ」
「……なにそれ」
「俺に近づいてきたのだって、初めはこの手が気になってしょうがなかったからだろ」
「生徒手帳を返すためだよ」
「すぐに渡さなかったろ」
返す言葉はない。
「そうなのかな……」
マツリはメグから目を逸らして流れの速い筋雲を見上げ、聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。
「私は、やっぱりおかしいのかな」
「マツリ……?」
「……授業。やっぱり出よ」
マツリはそう言って思い出したように立ち上がると、メグに目もくれず屋上から出て行ってしまった。
「なんだ、今の」
メグは首を傾げた。そして、さっきまでマツリが座っていたあたりに何かが落ちていることに気づいた。
「なんだこれ」
それは、付箋だった。
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