腐れ縁の男

 彼氏ではなくて男友だちの話。中学時代からの同級生で、夏に一緒にニューヨークをめぐった友人のS。Sはバックパッカーで世界一周を、わたしはカナダでワーホリをしていたので、ちょうどタイミングよくニューヨークで落ち合ったのだ。


 それから半月後にわたしは日本に帰国し、半年後に彼が帰国した。今日は半年ぶりの再会で、Sから預かっていた彼の母へのお土産をわたしが返すための約束だった。


 十九時半にカフェで待ち合わせることになっていたけど、奴はSIMが挿さっていないらしく、Wi-Fiがないとスマホが使えないと言っていたので直前は連絡が取れず。わたしは近くの喫茶店で作業してから(フリーランスで受注した記事をなんとか納品……!)、あいつ来てんのかなあ、と半信半疑でカフェに向かった。高速バスで来るとか言っていたので、渋滞する可能性もあると思ったのだ。


 結局ひと足先に着いたSがカフェで拾ったWi-Fiを使ってLINEをよこして、久しぶりに日本で会ったけど半年前とほとんど変わっていなかった。ちょっと頰がこけていて、不健康な痩せ方だねと指摘すると、そんな変わってないと思うけどな、と首を傾げる。


 Sは六月から海外で一年ほど働くつもりらしい。現役で大学に入ったくせに、一年の浪人と一年の留学をしているわたしよりも後輩になる。しばらく日本かと思っていたら間髪入れずにまた飛び立つようなので、こいつは一生この国に定着しそうにないなとぼんやり思った。


 Sが向こうでやる予定の仕事のことや、知り合いと始めるつもりのネットビジネスの話、わたしの就職の話題とか、いろいろ話したけどそれほど熱心に話し合いたい議題はなくて、早々に食事を終えて水をお代わりしながらだらだらとしゃべっていた。ふとした間に、べつにいまSと話したいことは特にないなあ、と思った。


 まあそれでもSとの関係のいいところは、話がなくてもべつに気まずいわけじゃないし、盛り上がらなくても気に病む必要がない。結局二時間くらいで解散したけど、特に思い残すことはないので潔い気持ちだった。


 カフェを出てから二人ともトイレに寄り、わたしが出ていくと彼が待っていた。おまたせ、と一応言ったけどそれすら必要とされていない気がして、楽な関係だなあ、とふと思う。ニューヨークで一緒に歩いたときのことを思いだした。


「じゃあね」と言うと、「また一年後!」とSが応えた。日本に帰ってきたら集合するつもりらしい。それが彼のなかで当然のように想定されているのがうれしくて、でも、このひと無事に帰ってくるのかなあ、と疑う気持ちにもなる。「いいレストラン予約して待ってるからおごってね」と笑うと、「じゃあね、ありがとね」とSは手を振った。


 そして、別れた。


 踵を返した瞬間、なぜか立ちすくみそうになる。


 どうしてだろう、ニューヨークで別れて飛行機に乗ったときもそうだった。もっと長い時間を過ごしたいとはつゆほども思わないのに、手を振ったあとは不安になる。


 思わず振り返って追いかけそうになった。


 一年後、がほんとうにあるのかな、と思う。海外=危険みたいな単純な考えはさすがにもう持っていないけど、やっぱりいろいろ危なっかしい。この間だってアマゾン川をイカダでくだるとか言いだして、今度こそこいつはほんとうに死ぬんだと思ったばかりなのだ。


 杞憂だってわかっていても、心のすみっこで心配に思う。一年後があるといいな、と思う。特に話したいことはないけど。

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東大彼女と中卒彼氏。 瀬野ハンナ @coffee-cup

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