リクルートスーツのシンデレラ

 どういうわけか、わたしは右足より左足のほうが小さい。


 ひとの身体は大なり小なり左右非対称だというが、わたしの足のサイズは右と左で0.5センチくらい違う。しかたがないので、いつも23センチの靴を買って、左だけ厚めの中敷きを入れている。


 今日は例によって就活の面接が1日に3件入っていて、朝から六本木駅を地下から地上まで上がっていた。いつもほとんどの選考に私服で行っていることもあって、まだ慣れないリクルートスーツのパンツの裾が靴の中に入ったり出たりを繰り返す。


 朝寝坊をしてしまったので、途中の売店でパンを買って食べながら歩く。お行儀が悪いとは思いつつ、道行くひとは誰もわたしのことなんて見てないよ、なんて言い訳しながらパンをちぎる。


 わたしは秋から就職活動をはじめた。そろそろ4カ月ほどになるが、このところ内定も出はじめ、今月2月いっぱいで就職先を決めることになりそうだ。


 就活は、楽しい。学生だというだけでたくさんのすごいひとたちが時間を割いて会ってくれる。就活生ってこんなに特権なんだ、というのをわたしは就活をはじめてから知った。


 就活生を名乗るようになって、たくさんのおもしろいひとたちと出会った。少年時代から教室で物の売り買いをしていた社長、インドで牢獄にぶちこまれたことがある執行役員のおじさん、お父様の会社の倒産をきっかけに将来を考えるようになった先輩。小規模の会社とはいえ、個人的にお食事をご一緒させていただいた社長様も多く、まだ何者でもないわたしが経営者の方々とこんなに近くで話せることは本当に貴重な体験である。


 正直なところ、こんなに面白い就活を、まだまだ終わらせたくはないと思っている。内定が出ても、内定承諾をしても、いろいろな会社のお話を聞きに行くのは夏まで続けようと思う。きっと、次にこんなに面白い話を聞けるのは、わたしが何者かになるまではお預けだろうから。


 たくさんのひとが行きかう六本木駅の階段、蒸しパンに気を取られていたら左足がすっ、と涼しくなった。気づけば左の靴だけ下まで転げ落ちて行っていて、わたしは気恥ずかしさにちょっと頬をゆるめて、靴を拾いにまた降りる。

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