にんじんと浮気

わたしは大学3年が終わってすぐから、半年あまり留学をしていた。


渡航前に東京の下宿は引き払ってしまっていたため、帰国してから数週間は東京に住まいのない状態が続いた。しかし就職活動やアルバイトで毎日のように都内での用事があったため、新しい住まいを見つけて引っ越すまでは彼の家に居候することになった。(2週間程度だけど。)


束の間の同棲生活のようなものは特にトラブルもなく終わり(わたしは他人と暮らせるタイプの人間ではないと自認していたので、いくら好きな人とはいえ不安だったのだ。意外となんとかなるものである)、新しい部屋での一人暮らしをスタートさせたときのことだった。


あるときわたしは彼の家に遊びに行き、なにかないかなぁとキッチンを覗いた。すると、普段自炊をしないはずの彼の冷蔵庫の中から、半分に切ったにんじんが出てくるではないか。これは事件だ!女か?女なのか?と、わたしは生まれて初めて彼氏の浮気を疑う感情というものを覚えた。


と、そこへ仕事を終えた彼が帰ってくる。


「ねえ、にんじん」

「にんじん? ああ」

「どうしたのこれ」


「どうしたのって」やや食い気味で訊くわたしに、彼は首をかしげた。「それ、ハンナがにんじんしりしり作った残りじゃん」


あ、ああ……! たしかに。この切り口、わたしだわ。


どうやら、わたしは数週間前に自分が残していったにんじんの半分を見て、存在しない第二の女に対してメラメラしかけていたらしい。非常にあほである。


そんなこんなで、初めての浮気疑惑はあっという間に晴れたのでした。

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