Episode39 ~それでも彼女は覆い隠す④~
アンリが力強く一歩前に出ると、青年たちが一歩後ずさる。
「その制服……魔術師か⁉ チッ、ずらかるぞ!」
青年を筆頭にスキンヘッド達が逃げていく。
魔術師は魔術を知らない一般人にとって、畏怖の対象でもある。少なくとも、喧嘩になれば勝ち目はないことは分かっているのだ。
だから逃げ出した……。
この結果を分かっていたのだろう。
アンリはため息を吐きながら、自慢の髪をばさりとたなびかせると、ノアに歩み寄った。
「大丈夫? 危なかったわね」
目の間に差し出された手を、ノアは取るべきか迷った。
もしかしたらバレるんじゃないかという不安と、このまま逃げだしたら助けてくれたアンリに失礼だ、という感情が頭の中でせめぎ合う。
数秒考えた結果、ノアはアンリの手を取って立ち上がった。
「おかげさまで無事です。ありがとう……ございました」
小刻みに震える足のせいでうまく立てない。
よろけて倒れそうになる身体を、咄嗟にアンリが支える。
「ほんとに大丈夫?」と心配してくる彼女に、ノアは申し訳なくなって顔を伏せた。
アンリ達が助けてくれなかったらどうなっていたか──考えたくない。
(やっぱり私は一人じゃ何もできないの……)
自分で自分の身すら守れない。だというのに、カイを支える事なんてできるものか。
自己嫌悪に苛まれていると、地面に影が落ちた。
ノアが顔上げるとそこには、右上で包帯で巻いた痛々しいカイの姿。
「……さっき、魔術を使おうとしただろ」
いつもとは違う口調に、身体が跳ねるのをノアは感じた。
今、自分は家族としてではなく、他人として話しかけられているのだと実感する。
「えっ……は、はい……」
「直前で踏みとどまったお前の判断は正しい。
魔術師は事件を起こせば、一般人より罪が重くなる。それに、裁判では一般人の意見が尊重される傾向があるからな。
もしさっき、お前が魔術をあいつらに打とうとしたものなら、恐喝沙汰になって身が危なかった」
淡々と言われ、ノアはどう答えていいか分からず沈黙する。
そんな彼に、アンリが呆れたように話しかけた。
「アンタが無鉄砲にあいつの腕掴んだ時は、あたしもそれを覚悟したけどね」
「フッ、俺が一発でもあいつらから殴られれば、身体に痕が明確に残るだろ? そうなれば事件になっても言い訳が……」
「はいはいそうね」
自信満々に語るカイの言葉を遮って、アンリは優しくノアに囁いた。
「とりあえず、一緒に此処を出ましょう? ここは女の子が一人で来るよな場所じゃないわ」
そこまで迷惑をかけらえない! と断ろうと思ったが、身体はまだ十分に動けそうになかった。
顔を伏せて、ノアは「ありがとうございます」と言うしかなかった。
「お前、何であそこに居たんだ?」
大街路に戻ってきたノアがベンチで休んでいると、近くの屋台から買ってきた飲み物をこちらに差し出しながら、カイは言った。
ここまでされて断るのも逆に失礼だと思い、お礼を言いながら受け取る。
カイがノアの隣に座る。だが、いつもより疎外感を感じる距離だ。
「え、え~と…………」
質問にどう答えようか困る。
ノアは嘘を付けるような性格ではない。何を言っても、嘘だと見破られてしまうような気がして、どう理由すべきか迷った。
そんな様子を見て、カイは身体を落とした。
「まあ、初対面の奴に一から十まで話せっていう方が無理あるか……」
「いえ、そんな事⁉」
強めに否定するが、それに目もくれず、彼は茶色の髪を揺らして、目の前の飲み物を手で
──カイは大抵、何かを考えるときは他の事が見えなくなる。
虚空の一点を見つめるのも、カイの考え込むときの癖だ。
カイは暫くそうしていたが、やがてノアの方をちらりと見ると、何かを決意したように身体を上げた。
「ここで会ったのも何かの縁だろう。もし良かったら、一緒に行かないか?」
「えっ⁉」
思いもしない提案を切り出されて、驚愕してしまう。
「なに公の場で堂々とナンパしてんの?」
そこで、お手洗いに行っていたアンリが戻ってきた。
いつもそうだが、アンリは何かと来るタイミングが悪い。
冷たい視線を浴びせられ、脂汗をかいたカイが立ち上がる。
「ちげぇよ! ただこういうのは人が多いの方が……ああクソ、ちょっと来い!」
「ふぇ? え、ちょっとなに──⁉」
カイが髪を掻くと、無理やりアンリの肩を掴んで歩いて行ってしまった。
二人は数メートルくらい進んだところで止まる。
どうやらカイが何かを言っているらしいが、声は聞こえない。こちらに背中を向けているため、口元が見えず読唇術が発動されないのだ。
数分後、戻ってきたカイが親指を後ろに向けながら言った。
「というわけで、俺たちに付き合ってもらうぞ。拒否権はない」
「どういう訳ですか⁉ 困りますよそんなの⁉」
──そうだ。二人のデートを邪魔するなんて真似できるはずがない。
慌てて頭を回転させながら、何か逃れられる言い訳を考えていると。
隣に来たアンリが優しく肩を掴んでいた。
「まあ、もしアイツに何かされそうになったらあたしが止めるから」
「何もしねぇよ」
「勿論、強制はしないわ。貴方がよければだけど……」
眉をひそめて言ってくるアンリ。
確かに、二人がここまで言ってくれているのだ。その思いを無下にするのもできない。
それに、二人と一緒なら何かが分かるかもしれない。
でも……。
「い、良いんですか? 私が一緒でも……」
震えながら言ったその言葉を。
アンリが「もちろん」と強く肯定してくる。
そう言われてしまえば、ノアは断れるはずもなかった。
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