Episode31 ~恐ろしい真実~

 結晶を頼りに道中を戻る。

 その最中、何度もゴーレムと相まみえたが、カイが先行して排除していった。

 ゆえに驚くべき速度で魔術陣の所まで着くことができた。


 カイが辺りを油断なく目配りする。

 その間に、アンリは膝を付いて魔術陣にそっと指を触れた。

 見慣れた文字で描かれた術式を、なぞりながら読み解いていく。――幸いな事に、魔術陣はアンリを転移したものと変わりなかった。


 ならば一から十まで読む必要はない。最初此処へ来た時に済んでいる。

 ――じゃあ、後は座標設定の術式をするだけね。

 そこへ指を滑らせた所で、アンリはある違和感に気付いた。


「ねぇ……変だわ」


「ん、どうした?」


「転移指定が数値じゃなく場所になっているの……だとすると、あたし達はアライト遺跡の危険階層に飛ばされたんじゃなくて、別空間に飛ばされてる事になるわ」


 つまり、此処は『敵』が作り出した幻影の世界。

 出口のない箱のようなものだ。


「俺達を飛ばした奴は、ここに閉じ込めて共倒れを狙ってたってことか……。

 なるほど、そりゃ階段が見つからんわけだ」


 元より魔術陣を介する以外、此処を出る方法はなかったという事になる。

 カイが助けてくれなければ、アンリは隔絶されたこの世界で、永遠とさ迷っていただろう。あの時、運よくゴーレムから生き延びたのとしても。


 そう考えた瞬間、怖気が走った。

 一刻も速くここから出たいという衝動にかられ、アンリは手際よく作業を進める。

 術式を書き換える。さらに魔術陣に十分マナを注ぎ込んで、呪文を唱えた。


再起動リ・ブート


 色を失っていた魔術陣が、淡い光に包まれる。

 光は徐々に勢いを増し、完全に復活すると、溢れんばかりの青い光が通路を照らした。

 アンリは立ち上がって、背後で警戒しているカイに声を飛ばした。


「出来たわ。これで戻れるはず」


「よし、じゃあ戻ろうぜ」


 まず最初にアンリが魔術陣の中に入り、それにカイが続く。

 地面に手をかざし、最後にもう一度呪文を口にした。


「《ワフ・ラーレ》ッ!」


 次の瞬間。

 甲高い音と共に、さっきよりも強い光がアンリ達の視界を埋め尽くした。

 無限の青が広がる視界を堪能する間もなく、光はすぐに薄れていく。


「なんとか戻ってこられたみたいね……」


 いつの間にか、アンリは薄暗い通路に居た。

 何とかあそこから抜け出せた事に息を吐く。だが、油断はできない。

 まだアンリ達を、あんな所へ閉じ込めた首謀者がどこかに潜んでいるはずなのだ。


 辺りを十分に警戒しつつ、魔術で灯火を出した。

 アンリの眼前が淡い光に照らされる。これで、とりあえず光源は確保できた。

 ――あとは他の生徒達を見つけるのみ。

 青い光が覗いていない、ただの岩壁を触りつつ、アンリが思考を巡らせていると、


「ちょ、カイっ! 待ってッ!」


 咄嗟にカイを呼び止めた。

 通路の奥へ向かおうとしていた、カイの体が急停止する。何だ、と訊くのも勿体ないと言わんばかりの表情で、アンリを見た。


 アンリは呆れて頭を抱えながらも、なだめるように言う。


「少し落ち着きなさい。

 多分、先生があたし達がいなくなった事に気付いて、他の生徒を外に出しているはずよ。

 ノアと合流するなら、奥へ進むより戻った方が速い」


「……、すまん。冷静じゃなかった。よし、なら戻ろう」


「あっ、だから待ちなさいって! あたしが先に行かないと危ないでしょ⁉」


 相も変わらず我先にと入口に向かうカイの後を、アンリは急いで追いかけるのだった。



 元々遺跡に入ってからすぐに転移された事もあって、走ればすぐに外へ出れるはずだ。

 たまに挟まれる広々とした空間を二回ほど抜け、二人で並ぶように通路を走る。

 やがて、奥の方に灯火とは違う、光明が差し込んでいるのが見えた。


「よし、出口だ!」


 カイが声を上げる。

 アンリもやっと此処から抜け出せるという安心感からか、口元に笑みを浮かべた。

 まだ、事件を引き起こした犯人を見てすらいないのに。

 

 ――ゆえに、失念していた。

 まだ此処が『敵地』であることに。


 アンリ達が光に飛び込んで、当たりを見渡す。

 そこは、緑生い茂る森林――ではなかった。

 広々とした正方形の空間。入るとき、遺跡内にこんな所通らなかった。


 本来暗いはずの空間内を照らすのは、霜のように充満する青い光。

 これはさっきの場所で、岩壁から覗いていた光と同じ。……いや、それよりも色濃い。


 青色の影を落とす空間。

 立っているだけで胸焼けそうだった。頭痛もしてきた。

 アンリが頭に響く苦痛に耐えながら立ち尽くしていると、


 パチパチ、パチパチパチ。

 突如、手を打ち付けるような音が響いた。

 即座にアンリと同じく佇んでいたはずのカイが、弾かれるように剣を構えて、音の方を向いた。


 アンリも吸い込まれるように、おずおずと顔を向けた。

 ――なに、あれは。

 見れば、側面の壁を覆いつくすほど巨大な魔術陣が、視界に飛び込んできた。

 どす黒い赤をまとい、ゆっくり回転している。

 輝いているという事は、すでに起動済みなのだろう。


 あれだけ巨大な魔術陣を描く用途は、一つしかない。

 儀式術――つまり、あれは最低でも遺跡全体に向けて効果を発揮しているはずだ。

 あの魔術陣が一体、どのような効果を持つのか分からない。


 いや、理解する事すらアンリは恐ろしいように感じた。

 考えを放棄して、ふと視線を下げる。

 魔術陣の前には、石碑せきひのような装飾がなされた台が置かれていた。

 台の中心には、六芒星ろくぼうせいが浮かぶ石がめられている。


 そしてその台に腰かける青年が一人。

 やや逆立った赤髪に赤眼。そのどちらとも、この前の紅眼の悪魔とは違った鮮やかな色だった。


 青年は無言のまま、ことさらゆっくりと台を離れる。

 そして、少し歩いた先で立ち止まった。


「待ってたぜェ……カイ・フェルグラント。そして、アン・リーネット」


 にやりと、歯をむき出しにして笑う青年に、カイが切っ先を向けて睨んだ。


「どうやら俺達の事を知っているようだな」


「当たりめェだぜ。

 オレは邪道協会 第二主位ドーミニオンのハーレス。

 上から貴様らを此処で確実に仕留めろと命じられてきた」


「随分とおしゃべりだな。……俺達をあんな場所に閉じ込めたのも、お前か」


「おいおい。オレァ貴様らに猶予を与えてやってんだぜ?

 『死への猶予』をな。あの空間に閉じ込めたのもそのためだ。

 かったりぃ準備したんだ。どうだ? この部屋のご感想はよ」


 その瞬間。

 アンリの視界がぐらりと揺れた。

 一瞬、頭を貫くような激痛と吐き気に襲われ、たまらず膝を付いた。

 胸が焼けるように熱い。

 抑え込むように胸を掴んで、荒い呼吸を繰り返す。だが、一向に収まる気配はない。

 むしろ、酷くなっているようであった。

 


「――アンリ⁉」


「だいっじょうぶ……少し、クラってしただけだから」


 これ以上カイに迷惑をかけられないと、アンリは頭を抱えつつ何とか立ち上がった。

 だがしっかり立てられておらず、両足が今にも崩れそうだ。


 ククク、クク。

 その様子を見て、青年が面白そうに嗤う。

 歯を食いしばり、カイは確かな怒りを湛えて吠えた。


「貴様、何をした……ッ!」


「何もしてねェさ。ただ、マナ濃度の高いヤツほど、マナの変化に敏感だからな。

 呼吸で高濃度のマナを取り込みすぎて、体が火照ってんのさ。そのうちなれるぜ」


「な……高濃度のマナ、だと……?」


 アンリは霞む視界でカイを見た。

 何か恐ろしい事に気付いたかのように、眼を見開く茶髪の少年にアンリは思わず声をかけた。


「か、カイ……?」


 瞬間。カイの表情が一変した。

 得体のしれない何かに恐怖しているような顔から、鋭い眼光でハーレスを見やった。


「貴様、ここにあるマナどこから持ってきたッ! まさか……まさか……ッ!」


「クククッ、フハハハハハッ!

 そのまさかだぜ? クククッハハハハッ!!」


 何がそんなにおかしいのか。

 髪を掻き上げて愉快そうに高笑いするハーレス。

 ようやく吐き気と頭痛が引いてきたアンリは、しっかりと二足で立ちながら、瞳に燃え盛んとする光を差すカイに訊いた。


「ねぇ、どういう事⁉ 何が分かったの⁉」


 目を伏せて、カイはおごそかに呟く。


「俺達は、自分たちだけが別空間に飛ばされたと思い込んでいた……でも違うんだ。

 俺達だけじゃない――があの世界に飛ばされていたんだ……ッ!」


「――ッ⁉」


 カイの口から発せられた真実に、驚愕せずにはいられなかった。

 

「じゃなきゃおかしいんだ……この空間を埋め尽くすほどの空間マナ。

 恐らくこれは、あの白亜のゴーレムから吸い取られたのが此処に集まってるんだ。

 なら、アンリ一人から吸い取ったものとしたら


「えっ……じ、じゃあ――このマナって……」


「ああ、全部クラスの奴から吸い取ったものだろうよ。

 しかもこの量、尋常じゃない。……もうあっちで、死者が出ていてもおかしくない」


「そ、そんな――ッ⁉」


 アンリは余りの衝撃に、眼を剥いた。

 ――それはつまり。

 アンリは他の生徒達を置いて、自分達だけあの空間から抜け出したという事じゃないか。

 なんという事をしてしまったのか。これでは、みすみす皆を見殺しにしたのと同じ……!


「――待って。あたし達一回も、他の人を見てないわッ!

 もしクラス全員があの空間に転移されたなら、一度くらい見たっていいはずでしょ⁉」


「それも奴が仕組んだんだ。

 元より、あの空間は奴が作った世界。俺達の進行方向を、曲がり角で変えるなんて容易い。

 それ同じで、他のクラスの奴らを離すこともな。

 ――それに、奴は最初言った。と。

 まるで最初から、俺達が此処に来ることが分かっていたような口ぶりだった。

 ゴーレムにやられる可能性だって十分にあったはずなのに」


 そう捲くし立てると、カイはこの状況を明確な言葉で言い表した。


「最初から奴の、俺達は」

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