第三話

 それから毎日のようにアンナは宿屋に滞在している勇者の元を訪ねた。初めは武具の話を。薬草や聖水、世界樹の雫にフェニックスの尾羽を扱うよろず屋も案内した。

 バーにも連れて行った。案外町やその周りの情報はバーで飲んている荒れくれたちの方が詳しいそうだ。

 町はずれの教会にも行った。十年間の度重なる魔王軍の襲撃により教会は半壊しており、直す者もいなかった。神父はおらず、勇者の冒険譚を残すための書もすでに焼失していた。勇者は大層残念がった。それでも、勇者はなんとか形を保つ女神像に祈りを捧げていた。

「明日、出発することになった」

 ある日、二人で連れ立って歩いているときに勇者が言った。十日目のことであった。勇者は玉鋼の鎧に身を包んでいた。背中には剣が二振り。玉鋼の剣とモリア銀の剣だ。

 魔王の邪気に触れ凶悪化した魔獣を打ち滅ぼす玉鋼の剣。

 魔王の魔力より生まれた異形なる魔物を殲滅するモリア銀の剣。

「明日……ですか」

「世話になったね」

「いえ、私はなにも……」

「魔王城の目の前だしね、僕も仲間たちもぴりぴりと張り詰めた感じになると思っていたんだよ。でも、ゆっくり体を休めることができたし、英気を養うことができた。最強の装備も揃った。アンナさんのおかげだよ」

「もったいないお言葉です……」

 勇者が出陣するトルーシ山の最奥。かの地にそびえる暗黒の魔王城。想像するだけで身が震えた。

「大丈夫。僕は必ず帰ってくる」

 勇者はアンナの頭を撫でた。温かい手のひらだった。

「アンナさん、渡したいものがあるんだ。今晩、僕の部屋に来てくれるかい?」

「はい。私も渡したいものがあるのです。ぜひお伺いさせていただきます」

 勇者は、それは楽しみだと、アンナの手を握った。


 アンナが準備していたのは、モリア銀の腕輪だった。父に教わりながら作ったものだ。装飾はボロボロだし、仕上げの護りの刻印は父に代わってもらったが、本体を一から作ったのはこれが初めてだった。勇者は大層喜びで、早速右腕に装備した。耐呪文性能に優れるモリア銀の腕輪は、きっと戦いの役に立つだろう。

「アンナさん、ありがとう。僕はきっと魔王を打ち倒すことができるだろう。だって、君が護ってくれるのだから」

 窓の外には、雪がちらついていた。そういえば、勇者一行が到着してからは初めての雪だった。

「アンナさんにはこれを持っていてもらいたい」

 そう言って手渡されたのは、玉の小刀だった。

「綺麗……」

 明かりにかざすと、七色に輝いた。

「僕はいつも君を想おう。そして、必ず君の元に帰ってくる。腕が千切れようとも足を失おうとも必ず。だからどうか信じて待っていて欲しい」

 アンナはもうなにも考えられなかった。ただ、目の前の愛する人に抱きすがり、泣きじゃくるしかできなかった。

 行かないで。どうかこのままここにいて! 込み上げるが言葉にすることなどできない。死地に赴かんとする勇者に心残りを与えてはならない。代わりに、想いとは真逆に、送り出すための言葉を吐く。

「どうかご武運を。世界に平和をお与えください」

 勇者はアンナの背に腕を回し、抱きしめる。

 雪の降る夜。二人は愛を誓い、愛を確かめ合った。

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